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2009年5月 2日 (土)

遙かなる白根(77) 100キロメートル強歩序曲

 山口仙十郎さんたちが住む麓の部落が小倉である。ここに人々が住んで千年以上になるという。小倉部落の白根神社に有名なしだれ桜があるが、この桜は信州からもちこまれ植えられたもので、樹齢千百年を超えるといわれ、従ってこの村の年齢もこの桜と共に古いとされるのである。

 小倉から開善学校に至る林道を、途中でガラン沢の方へそれてしばらく進むと、栃洞と呼ばれる所があり、かつては、人目を忍んで暮らす人々がいたという。この部落の最後の住人は若くて美しい女性だったというが、今はその人にまつわる興味ある伝説と共に、数個の墓標がひっそりと残されているだけだ。

 言い伝えによれば、このあたりは、木曽義仲の残党が落ちてきて隠れ住んだという。そういえば、源頼朝が狩りに来て、この小倉の下を流れる長笹沢川の下流で温泉を発見して歌をよんだという言い伝えも、当時の武士たちの興亡と関連のあることであろうか。

 静かな山里に生きつづける伝説や歴史、村人たちの温かい心、これらは今、下界の子どもたちを待っている。悠久の時の流れの中でつちかわれてきた小倉や長平の部落、そして、これらを含めた六合村全体が彼らにとって学校となるのだ。その拠点となる学舎を、今、本吉氏はつくろうとしている。山の高みに立つと、はるか彼方から潮騒のように、山の学校を求める声が聞こえるような気がする。本吉修二氏は、理想の土地を見つけた喜びと興奮にひたりながら、学校づくりに、がむしゃらにまい進する。

 

“理想の学校”の報道に全国からすごい反響

 白根開善学校は、時代が生み出した学校である。計画性、緻密性、先を見通す力等、事業経営者に求められる資質については、恐らく欠けるところがあったと思われる本吉氏は、無理な条件の下で、ただ教育に対する理想と情熱に燃えて突き進んだ。そして、様々な障害に突き当たった。それを乗り越えることが出来たのは、本吉氏の執念もさることながら、時代の強い要請があったからである。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根]を連載しています。

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