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2009年4月 2日 (木)

「曲阜・泰山で世界遺産を見る」

◇山東省人民政府は私たちを温かく歓迎してくれた。済南駅から省庁に至る途中に済南事件を伝える碑があった。旧日本軍が多くの中国人を殺したとされる事件である。美しい名泉を誇る済南市に残る日本人の汚点と思えた。 私は、省政府要人たちとの会見の席で次のような挨拶をした。「私たちは、かつて皆さんに大変迷惑をかけました。過去を反省して、新しい良い関係を築きたいと思います。100年に一度といわれる経済の危機は、行き過ぎた経済の機械化に一因があると思います。孔子のゆかりの地に来て信や義といった人間の心を重視することの大切さを感じます」 外事弁公室副主任の劉文華氏は、立派な箱に入った和とじの「論語」上下を贈呈された。日本人の心を憂えつつ翌日孔子の遺跡を訪ねようとしていた私は、タイムリーな贈り物を有り難く頂いた。 ◇曲阜(きょくふ)まで、済南から高速道で約2時間50分かかった。今回のツアーで初めての気持ちのよい朝日である。陽光の下、果てしなく広がる中国の農村地帯は、激しく変化する中国をしっかりと支える基盤に違いないと思った。 孔子誕生の地曲阜は人口約60万の歴史のまちである。私たちは、孔子の遺跡である、孔子林、孔子廟と孔子府を訪ねた。孔子廟と孔子府は、この日の午後に訪れる泰山と共に中国が誇る世界遺産である。「林」は墓を意味するといわれ、広大な孔子林には、10万人といわれる孔子の子孫の墓石が林立していた。孔子廟は、歴代皇帝が寄進した孔子の霊を祭る神殿であり、孔子府は、孔家歴代の嫡子が住んだ邸宅である。 孔林の孔子の墓の前で私たちは簡単な式典を行った。人類共有の文化遺産、とくに、東洋の価値観の象徴ともいうべき文化遺産に肌で触れ、群馬の文化行政の糧としたいという願いを確認するためである。一同は、墓に頭を下げて礼をし、私が私たちの意志を表明する簡単な挨拶をした。 ◇「林」、「廟」、「府」を訪ねて衝撃を受けたことがある。孔子の墓に立つ「大成至聖文宣王」と刻まれた大きな石碑は斜めに亀裂が入っている。切断され、接合されたことが一目で分かる。このような石碑が、三つ遺跡のいたる所にあった。文化大革命の時に紅衛兵によって引き倒されたものだという。孔子の教えの中心には「孝」や「信」や「義」があり、これらは、封建秩序維持に役立ち、労働者の掲げる革命思想に反するとされたのだが、それは、歴史遺産の受け止め方として明らかな誤りであった。丁寧に修復された石碑の姿は、現共産党政府が過去の過ちを認めたことを物語っている。このような事実を知ったことも、私たちにとって、大変有益なことであった。曲阜から再び高速道にのって私たちは、山東省のもう一つの世界遺産である泰山を目指した。泰安の町は曲阜から約1時間半のところにある。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

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