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2009年4月20日 (月)

「死刑囚・処刑前夜の手紙を読む」

◇死刑囚Aに、その日は突然やってきた。明日が<ソノ日>だと朝告げられる。執行は、午前中に行われるのが通例である。加賀乙彦の「ある死刑囚との対話」にある死刑囚Aの最後の手紙を読んだ。

 Aは大学を出て証券会社に勤めたが強盗殺人を犯し死刑の判決を受けた。事件は1953年(昭和28年)のことで、多くの日本人の心に敗戦の傷が残っていた。Aは獄中でキリスト教の信仰に、目覚めた。<ソノ日>は、1969年2月29日であった。前夜、母及び文通していた教会の女性にそれぞれ最後の手紙を書いたのだ。

 女性への手紙は、「実は明日が<その日>だと朝告げられ、最後のごちそうもきました」で始まり、「もうすぐ7時。8時にここを出るということなので今しがた洗面しみなりをととのえました。いよいよお別れです。ほんとうに悲しいけれどみんなぼくの責任です。ゆるして下さい。ぼくは今、ニッコリほほえみつつきみに手を振っていますよ。さようなら、でもまたすぐに!!」と結んでいる。すぐにとは天国でという意味である。

 同じ夜、Aは母に手紙を書いた。いくつかの部分を抜き出してみる。

「おかあさんあたたかい晩ですね。ほんとに思いがけないことになってしまい、おかあさんに最後の、そして最大の親不孝をしてしまい、ほんとうにすみません」先に逝く事を詫びている。

「そのうえなによりお母さんはじめ皆さんと別れるのはつらいけど、しかし、この与えられた<>は絶対的な意味をもっており、ただ、耐えつつ、受け入れる以外にはありません」、「おわびのしるしに、天国へ行ったら、きっとおかあさんのために山ほど祈り、守ってあげますね。だから、おかあさん、もう泣くのはやめなさい」、「ほんとに、長いようで短い一生でした。40歳と7ヶ月とすこし。おかあさんの半分です。いろんなことがありましたねえ」、「きょうは久しぶりにおかあさんの肩をたたき、髪をくしけずり、手をさすることが出来ました。すっかり白髪になって、シワだらけになって、小さくなって、でもやっぱり幼いころに知ったおかあさんと同じでした」。Aはよく母の夢をみたのであろう。最後の夢かそれとも老いた母を回想しているのか。「あすに備えて手ぬかりがないかと考えてみたり、おかあさんが、わたしが代わってやりたいと言ってくださったことばを思ったり、ほっぺたのあたたかみを思い出したりしています」、「髪とツメのことをよく頼んでみます」、「さあ、おかあさん、七時です。あと一時間で出立する由なのでそろそろペンをおかねばなりません。ぼくの大好きなおかあさん、優しいおかあさん、いいおかあさん、愛に満ちた、ほんとうにほんとうにすばらしいおかあさん、世界一のおかあさん、さようなら!今こそ、ぼくはおかあさんのすぐそば、いやふところの中ですよ、おかあさん!!」裁判員は、それぞれの死と対決する被告人の姿を想像しながら判決に取り組まねばならない。間もなく始まる裁判員制度を前に死刑の重みを考えたい。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

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