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2009年4月 1日 (水)

「新幹線で中国の農村地帯を走る」

◇王さんの説明の中で、どうしても報告したいことは五・四広場のことだ。「五・四運動がなかったら、今日に続く中国の変化はなかったことです」王さんは広場をさして熱く語った。ドイツにかわって日本が山東省(青島)を支配するために無理な要求を尽きつけたために、北京の学生が中心になって中国全体の若者が抗日に立ち上がったのだ。日本の悲劇もそこから拡大したことを思うと複雑な気持ちになった。かつてドイツ人が住んだ赤い屋根の街並を見て、日本人の支配の跡を伝える大連市の一角を思い出した。

 青島総領事の斉藤法雄さんは、伊勢崎市出身、前橋高校卒の外交官で中国に対して熱い思いを抱いている。青島の大きな可能性を群馬の農業や観光につなげる魅力的な話の中で、私は総領事に一つの提案をした。

「これから群馬と青島の交流を有効に進めるために、斉藤総領事さんに、日中議員連盟の顧問になっていただきたいと思います」

総領事は快く引き受けてくれた。今回の日中議員連盟訪中の一つの成果が生まれた。

◇2日目(31日)は、新幹線で済南市へ向った。最高速度242キロで中国の農村地帯を突き進んで、今まで主に都市部を見てきた私は中国の懐に初めて飛び込む思いがした。

 新幹線といっても日本のそれと比べると質素なものである。乗客は満足しているように見える。中国は段階を追って近代化を歩んでいる。いきなり日本の新幹線を持ち込むことは中国の現実にそぐわないと思った。

 2時間も過ぎたころ、驚くべき光景が私の目に飛び込んできた。「私たち中国人はビニールの海と言います」ビニールハウスが視界の限り日光を反射して広く展開する様子は王さんの言葉を待つまでもなく正に海である。スイカをつくっているのだという。新幹線は海面を分けるように進む。スイカ畑の長さは30キロである。このような農業の新しい姿が、国家の政策に支えられて、今や中国全土で展開されているに違いない。日本も今農業の重要性を叫んでいるが、しっかりしないと中国の巨大な農業の波にのみ込まれてしまうだろう。

◇済南駅では、山東省人民政府外事弁公室の日本事務担当科長李雪岩さんが出迎えてくれた。日本人と全くかわらない流暢な日本語を話すこの青年に案内されて、私たちはハイテクのソフトウェア産業基地・斉魯ソフトウェアパークを視察した。産官学連携で最近のハイテク産業を育成する実態は、躍進する新中国の凄さを示していた。壮大なパークの一画には人材を育成する大学まであった。

 案内をしてくれた担当者の話では、せっかく育てた人材がすぐに転職する時代だが、山東省の人は信義誠実を重んじるので転職が少ないという。孔子誕生の地なので、家庭や地域で孔子の教えを尊重しているからだ。二千数百年を貫く東洋の価値観と時代の最先端を動かす力が調和している姿を見た思いであった。夜は人民政府が府庁の一画で盛大な歓迎会を開いてくれた。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

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