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2009年4月 9日 (木)

「北朝鮮の地下トンネルを振り返る」

◇8日の日記で県議会も北朝鮮のミサイル発射に対して抗議を表明すべきだと書いたが、9日議会に出て、4月7日付けで議長声明を行う決定がなされたことを知った。議会閉会中のことでもあり、迅速に事を進めるために議員には時後の説明がなされるということであろう。

 「北朝鮮の飛翔体発射に対する声明」の結論部分は、次のようになっている。「よって、この北朝鮮の行動に強い遺憾の意を表明するとともに、政府に対し、北朝鮮に厳重に抗議することを求め、国際社会と連携して必要かつ適切な措置を講じるよう強く要請する」

◇北朝鮮は近くて遠い国である。今回のミサイル発射が示すように北朝鮮は、日本の安全保障にとって極めて関わりが深いにもかかわらず、私たちはその実態をよく知らない。いや、知ろうとしないといった方が正確かも知れない。それは、平和ぼけといわれる日本人の姿を示すものといえるかも知れない。

 北朝鮮の飢えた国民の姿が時々テレビで報じられる。常識的にいえば北朝鮮は恐怖の軍備だけで成り立った破綻国家である。そして、私たち隣国にとって迷惑至極なことは、先軍政治といわれる軍事最優先の国家体制である。

 それは、軍による国家指導体制のことだ。戦前の日本を誤らせた一因は軍の暴走であるといわれた。それは軍が国のルールを無視して行動した結果であった。北朝鮮は、憲法によって軍が先に走る仕組みになっているのだから無茶苦茶である。

 北朝鮮は、1998年9月5日に憲法を改正して、それまでの「党による軍の指導」から「軍による国家の指導」に改めた。そして、軍の最高指導者のポストである国防委員長に金正日が就いた。

◇私が北朝鮮の狂気の実態を肌で感じたのは、平成19年11月20日、北朝鮮が掘った第3トンネルに入ったときのことである。私は、韓国を訪ねた折、意を決して、国境線の非武装地帯にあるといわれた地下トンネルを見ることにした。

 パスポートを示して専用バスに乗った。検問所では機関銃を持った兵士が乗り込んで点検した。いくつかある地下トンネルは、北朝鮮が南に侵入するために岩盤をくりぬいて作ったもの。私が入った第3トンネルは、1978年に発見された。ソウルまでわずか52キロの所までのびていた。完全武装した兵士3万人が1時間以内で移動できる規模だという。

 急角度のトンネルは途中までは観光客に見せるために整備されており、その先はごつごつの堅い岩面が突き出た水平の穴が続いていた。黒く光る岩面、地底の空間の重圧感に北朝鮮の狂気がこめられているようで私は前方の闇を見詰て立ちすくんだ。トンネルは、時代錯誤の狂った暴政の象徴だと思った。核を持ち、それを運ぶミサイル技術を磨き、北朝鮮の暴走はエスカレートしている。そういう隣国を持つ日本の覚悟が問われている。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

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