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2009年4月26日 (日)

遙かなる白根(75) 100キロメートル強歩序曲

栗や楢やくぬぎの木々は、小枝の先にまで雪を乗せ、それらがいく重にも重なり合い、林全体が白い花が咲き乱れるようである。澄んだ鳥の声があたりの冷たい空気に染み込むよう響く。坂を登りつめると、白樺の林に変わった。雪の中に立つ白樺の木々は、それぞれが何かを語りかける雪の精のようで、林全体が静かで幻想的な白の世界をつくっている。そこは、見渡す限りの広い台地状の地形で、はるか先には、白根山の白い姿が抜けるような濃い青空を背景にそびえている。

「ほう」

男は、そういったまま、目の前の背景をじっと見詰めた。

この男は、白根開善学校の創立者、本吉修二氏である。そして、もう一方の老人は、この村の長老、山口仙十郎さんであった。本吉氏は、目の前に広がる自然を飽くことなく眺めている。今、彼の前には、白根山を背に白樺林の中に建てられた校舎、その中で学ぶ生徒、白樺の木々の間を走りたわむれる子どもたちの姿があった。子どもたちの明るい歌声は木々にこだましている。走る姿はかもしかのように軽くたくましい。そして、表情は生き生きとしている。都会の子どもたちとは違う世界の子どもたちだ。

「こんな山の中、どうしようもないでしょう。自動車も来ないし」

沈黙を破る山口老人の声に、本吉氏は、はっと我に返った。

「いや、このどうしようもない所がいいのです」

本吉氏は確信のこもった声で言った。

彼は長いことこのような土地を求めていたのだ。学校を建てる土地は、人里離れたところがよい。現代の子どもたちは文明に害されている。子どもたちを甦らせるには、なるべく文明から離れた所がよい。そして厳しい自然の中で心と体をきたえなければならない。現代の子どもたちは、自然から離れ、コンクリートと騒音と不必要な刺激の中で暮らしている。これでは、人間としてのやさしい心や本当のたくましさは育てられない。かつて、人間も森の中で暮らしていた。森から出ても、人々は、自然との関わりを大切にして暮らしてきた。今、自然とのつながりが、どんどん薄れている。森からの距離が大きくなるにつれ、また文明の波に深くつかるにつれ、人々は大切なものを失っていった。

      土・日・祝日は、中村紀雄を連載しています。雄著「遥かなる白根」

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