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2009年4月19日 (日)

遙かなる白根(73)序章 100キロメートル強歩序曲

 学校の教育は子ども達の成長のために本来の役割を果たしているかのか。学校の教育も、豊かな自然の中での子ども達の生活と相まって本来の成果を生むことができる。ところが現代社会では車の両輪の筈の一方が失われ、学校教育が空回りをしている状態である。教育がつくり出した現代文明は、今巨大な怪物のように変化して、教育の世界をも踏み潰そうとしている。100キロメートル強歩は、この現代文明に対する挑戦である。そして、現代の崩れゆく教育に対する挑戦である。

 いじめられて山の学校に逃れた子、教護院の経験をもつ子、暴走族に入り失恋に涙した子、火傷によって心にまで傷を負った子、その他様々なハンディを持った子が白根の学校に集まり、100キロメートル強歩を体験して社会へ出てゆく。彼らを待つ社会は今ますます混乱し深刻の度を増している。それは、かつて彼らを取り巻いていた都会の環境とは比較にならぬ程怖い世界である。しかし、子ども達は、今度は、逞しい精神と鍛えられた身体でその世界に踏み出してゆく。彼らの行く手には、無数の100キロメートルのコースが待ち受けている。その時、思い出すのは白根開善学校の100キロメートル強歩に違いない。

 平成10年は、白根開善学校にとって特別の年である。中等部が認可されてから、この年で20年目を迎え、7月1日に創立20周年記念の行事が行われた。そして、これに先立つ3月1日、中等部・高等部の卒業式が行われたのである。広い体育館で大勢の父母や来賓の見守る中、本吉校長は、一人一人の卒業生に言葉をかけて、卒業証書を渡した。本吉校長の頭には白いものが目立ち、それは学校創設期の苦悶を振り返らせると共に、年月の経過を物語っている。しかし、おだやかなその表情には、かつての苦悶のあとは見られない。今でも創立時とは違った様々な問題がある。しかし、本吉氏は自分の理念の正しいことを信じいつもおだやかに子ども達を見詰めているのだ。

「中村周平君」

 呼ばれて、周平は静かにイスを立ってしっかりした足取りで校長の前に進み出た。私は校長の言葉に神経を集中させる。

土・日・祝日は、中村紀雄を連載しています。雄著「遥かなる白根」

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