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2009年4月11日 (土)

遙かなる白根(70)序章 100キロメートル強歩序

「ワンワン」

「チリンチリン」

二つの音は交互にしばらく続いたが、犬の声は止んで鈴の音が次第にはっきりとしてきた。やがて鈴の音と共にチカチカと揺れる小さな明かりが現れた。鈴の音と光が近づくにつれ、人の影がうっすらと認められるまでになった。

「周ちゃん」

母が声をかける。人の影は変化して動いた。周平が公民館の明かりの輪の中に現れた。

「偉かったね。12時に花敷に間に合ったのね。今年は完歩。凄いね」

 母は周平の肩に手を回し、抱くようにしてテントに招き入れた。周平は鼻をすすりながら、しきりに手で目をこすっている。張りつめたものが急に緩んで自分の感情を抑えることが出来ないのだ。

 周平が長平公民館に着いたのは午前0時50分。スタート地点からここまで93.59キロを歩いたのであった。何人かの仲間が火を囲んでいる。周平は照れたように母親から離れ、火を囲む仲間の輪に加わった。そして母に向って安心したように笑顔を投げた。それは、周平の心裡に覆いかぶさり陰を落としていたものを跳ね除けて現われた、長いこと見ることの出来なかった屈託のない笑顔であった。またそれは、100キロメートル強歩を闘い抜いた自信を表す会心の笑顔でもあった。周平の母は、その笑顔を見て、長いこと出口を求めて迷っていた暗い洞窟の中で一条の光を見つけた思いであった。

周平、ついに100キロを征す

火を囲んでいた子ども達は間もなく立ち上がった。彼らは、これから白根開善学校までの最後の行程を征服しなければならない。周平たちは声援に送られて長平公民館を後にした。道は集落を出て再び森の中へと伸びる。子ども達の懐中電燈の光が樹間の闇に消えて、鈴の音が静かな森に染み込むように次第に小さくなる。微かな音が周平の母の耳の底にいつまでも残った。

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

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