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2009年3月29日 (日)

遙かなる白根(67)序章 100キロメートル強歩序曲

花敷ベーカリー前の広場は到着する子どもを迎え入れて熱気につつまれていた。火を囲んで自分の奮闘ぶりや仲間の様子を語り合っている姿が見られる。12時迄に花敷に着くことが完歩の条件なので、誰が12時迄に到着したかということが皆の関心の的であった。時間までにここに到着出来た子どもたちの表情には、濃い疲労の中にもほっとした安堵の様子が伺えた。花敷温泉と呼ばれるあたりには、三件ばかりの温泉宿、それに食堂、パン屋がそれぞれ一軒ずつあった。このパン屋の屋号が花敷ベーカリーで、この店の前の広場が第20ポイントになっているのである。白根開善学校の生徒たちは、週に一度だけこの花敷に下りてきて買物したりすることが許されている。そういう意味で、ここは、白根の子ども達が山の日常生活を繰り広げる領域に属していた。だから花敷に午後12時迄に着くことは、子ども達には、100キロメートル強歩で完歩するための切符を手に入れたということと共に自分達の生活圏に到着したということを意味し、大きな喜びであった。周平は12時前の最後の到着者であった。12時の到来とともに、広場の人々は動き出した。疲れを癒しながら、12時迄に到着する者を見届けようとしていた子ども達は、最後の力を振り絞ってまた夜の道を歩き始めたのだ。広場に置かれたテントや机、イスなどを片付けにかかる人もあった。第20ポイントの花敷ベーカリーに午後12時迄に到着した者は、参加者134名中、47名、そのうち周平の属する中等部では9名であった。周平は拍手で迎えられ、また先生や父母から誉められて壮快な気分にひたっていたが、広場の動きに気付いて立ち上がった。完歩までには、まだ10キロ近く歩かなければならないことを周平は改めて意識したのであった。花敷温泉を出ると、道は白砂川と別れを告げる。長野原の須川橋まで六合村を南北に縦に割って流れる白砂川。須川橋から花敷までのおよそ17キロを子ども達は、その瀬音に支えられるようにして歩いた。花敷からは、長笹沢川がバトンタッチして子ども達に声援を送る。その瀬音は夜の深山に静かに響いていた。 ☆土・日・祝日は、中村紀を連載しています。雄著「遥かなる白根」

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