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2009年3月22日 (日)

遙かなる白根(65)序章 100キロメートル強歩序曲

周平は何かに命令されるように走った。走りながら今まで経験したことのない不思議な気持ちが心の中に広がってくるのを覚えた。「僕の脳味噌は腐っている」と言ったことがあるが、周平はいつも自分が嫌で、何故か分からないが心の中に変なものが住んでいるようで気持ちが悪かった。ところが今は違う。初めて自分の心を持ったような気分なのだ。脳細胞の奥の、いつもは眠っているふわふわした部分が蘇って自分の足を動かしているようである。それは、心の奥にもう一人の自分がいて、もやもやしたいつもの自分を押し分けて表面に出て自分の手足を動かしているようにも感じられるのであった。周平は身体の奥のわからないところから力が湧いてくるように感じて疲れを忘れて走った。周平のことを馬鹿と言った小学校の頃の同級生の顔が浮かぶ。また陰でささやいたりいじめたりしたいろいろな顔が一つまた一つと浮かぶ。周平の心に激しい怒りが湧いた。怒りはエネルギーを生んで、更に周平を突き動かした。周平は夢中で走った。

目の前にガソリンスタンドが近づいた。その回りに2、3の人家の影も見える。このあたりの集落は引沼である。その先はまた登り坂となり、道は林の中へと伸びる。曲り角の所に、カーブミラーがあって、その先に弁天食堂があった。一つ一つが見慣れた景色である。弁天食堂を過ぎて少し進むと道は、左の方向にカーブし、その辺りが明るくなっている。やがて街路灯と自動販売機が現れ、その明かりの中に、金丘屋という大きな看板が浮き出ている。引沼の商店街なのだ。山本屋酒店、清水屋商店などが並ぶ。「やったー」周平は心の中で叫んだ。

この商店街のすぐ先が花敷温泉なのだ。小さな商店街を走り抜けると目の前に道路の分岐点があった。100キロメートルのコースは、ここで国道405号線と分かれ、左折して細い下り坂の道へと進むのである。分岐点の左側に清水屋商店という立て看板があって、引沼の商店街の明かりもそこで尽き、100キロメートルのコースは岩山の中の暗闇の中へ落ち込むように伸びていた。周平は、ここで「やったー」と叫んだ。今度は、思わず口に出して叫んでいた。夢にまで見た第20ポイント・花敷ベーカリーの拠点があと数百メートル。それは、この暗闇の向うにあるのだ。最終の白根開善学校には、まだ10キロメートル近くあるが、とにかく100キロメートル完歩のための最大の関門の手前まで来た。

☆土・日・祝日は、中村紀を連載しています。雄著「遥かなる白根」

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