« 遙かなる白根(61)序章 100キロメートル強歩序曲 | トップページ | 「疑惑の特別委員会の報告書」「神社例大祭で思うこと」 »

2009年3月15日 (日)

遙かなる白根(62)序章 100キロメートル強歩序曲

周平は時間がないのに気付いていた。JR六合山荘をすぐに出発して坂道をしばらく進むと、道は二つに分かれている。この分岐点のあたりを荷付場といった。国道292号線をそのまま直進すれば草津温泉である。そして、右折すればそこからは、国道405号となり、道は白砂渓谷に沿って北上し、花敷温泉を経て、野反湖に至るのである。周平は右折して国道405号に入った。分岐点から、道はやや下り坂となり、進むに従ってまた途絶えていた白砂川の流れの音が聞こえてきた。夜の森に川の音だけが鮮明にざあざあと響いている。白砂渓谷には、大小さまざまな沢の流れが合流している。荷付橋、湯川橋、境橋と沢にかかる橋を越えて進むにつれ、道は次第に細く険しくなった。いよいよ六合村の奥地に入りこんだのだ。周平の疲れた心に白砂川が「お帰りなさい」と呼びかけている。

 学校のバスが登って行く。一台また一台と。バスは子どもたちに近づくと速度を落とし、その様子を見てまたゆっくりと過ぎてゆく。コース上の動きが慌ただしくなっていた。100キロメートル強歩が大詰めに近づいているのだ。山の天気は変化して白砂渓谷には濃い霧が流れていた。車の光線を受け、乳を流したように漂う霧の中を影絵のような子ども達の姿が次々と現われる。大地に重くはりつく足を引きはがすようにし一歩一歩ゆっくりと歩いている姿がある。また、腰を曲げ、這うような格好で歩く子どもがいた。ライトに照らされたその表情は、少年の顔ではない。それはぎりぎりのところで頑張る思い詰めたような人間の顔であった。その中に泳ぐように進む細い女の子の影があった。あの茶髪でピアスをした女の子である。その後を杖をついた少年の影が続く。周平の姿であった。

一台のバスが下って行った。「ブーブー」細い道をバスが行き交う。周平のすぐ後ろで擦れ違ったバスが登ってゆく。中にはかなりの子ども達が乗っているようだ。続いてまた一台が登ってゆく。100キロのコース上に展開していた学校のバスが任務を終えて引きあげてゆくのだ。深夜の白砂渓谷に緊張感が走っていた。一台のバスが近づいてきて周平の所で速度を落とした。周平は車の方を見ずに歩き続ける。車の窓が開いて叫ぶ声が聞こえた。

「周平、12時が近い。急げ」

窓の声は周平の耳に強い一撃を加えた。周平は過ぎてゆく車の明りで時計を見て事態の重大さを知った。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

|

« 遙かなる白根(61)序章 100キロメートル強歩序曲 | トップページ | 「疑惑の特別委員会の報告書」「神社例大祭で思うこと」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 遙かなる白根(62)序章 100キロメートル強歩序曲:

« 遙かなる白根(61)序章 100キロメートル強歩序曲 | トップページ | 「疑惑の特別委員会の報告書」「神社例大祭で思うこと」 »