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2009年3月 7日 (土)

遙かなる白根(59)序章 100キロメートル強歩序曲

僕はあの人たちに勝った。周平は車の光が見えなくなったとき、ほのぼのとした温かい充実感が心に湧いてくるのを覚えた。

長野原町と六合村は険しい山で分けられている。周平は暗い夜道をかなり歩いたが、六合村に入るにはまだ長い坂道を越えなければならなかった。坂の登り口の所に第16ポイントの貝瀬集会所があった。集会所の前では当番の父母達が火をたいて子どもたちを迎えている。

周平たちは歩いているので汗を流すほどであるが、気温はかなり低いのである。100キロのコースの上で初めて見るたき火であった。いよいよ六合村に入るのだ。

貝瀬集会所を後にして周平は登り坂にかかった。ゆるやかな登りの道はやがて急な坂道となり、真暗な山の斜面を巻くように森の中を上へ上へと伸びる。白砂川の瀬音も微かになり、ついに聞こえなくなった。周平の前を行く懐中電燈の光りがふと見えなくなった。周平は汗を拭きながら顔を上げて前方に目を凝らした。空間の一角がぽおっと白んでいる。少し進むと、目の前は峠の頂きで、左右の黒い岸壁の間に夜空がのぞいていた。周平はいそいで峠の切り通しの所へ出た。眼下に大きな黒い空間が静かな湖のように広がっていた。湖底の深い所であちこちに小さな光が見える。白砂川に沿って点在する集落の明かりである。今朝ここから見た六合の村々が静かに眠っている。歩き通してとうとう僕たちの村に帰ってきた。白根開善学校はあの辺りか。周平は北の方向に視線を向けて思った。このとき、忘れていた足の痛みがまたずきずきと始まった。

遂に六合村に入る

周平の足の痛みは次第に増してゆくようであった。今朝、六合村で早くも始まった足の痛みはその後の道中で大きくなったり小さくなったり、消えたかと思うとまた頭をもたげ複雑な変化を見せていた。周平は自分の足に得体の知れない虫が執念深くくいついているのかと思った。時に痛さを忘れて気持ちよく歩いていると、それを責めるかのようにその虫は足の裏の表面から肉の中まで食い込んでずきずきと神経を痛めつけるのであった。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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