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2009年3月 1日 (日)

遙かなる白根(58)序章 100キロメートル強歩序曲

街の家々では家族が夕食のテーブルを囲んで、楽しい団欒の一時を過ごしている時刻であった。子どもたちはテレビの前で画面に熱中しているかもしれない。あるいはゲームの最中か。街の明かりは白根の子ども達を魅惑するように眩しい。子ども達は足下を見つめながら故郷の家族のことを思った。周平も前橋の自分の家族を懐かしく想像しながら歩いた。すると六合村の奥の第21ポイントの長平公民館で待機する母の姿が浮かんだ。あそこまではまだまだ大変な距離がある。周平は何としても頑張らねばならないと思った。街の明かりに顔をそむけるようにして、周平は速度を上げた。町並みを抜けるとまた、流れの音がはっきりと聞こえてきた。白砂川と吾妻川が合流する音である。須川橋の信号が目の前にあった。

須川橋の信号は100キロメートル強歩で特別な意味を持つ。このことは昼間の通過点としても既に触れたが、帰りのこの通過点はまた別な意味あいがある。須川橋は国道145号と国道292号がTの字型に合流するところにある。長野原の明るい町並みを後にこの信号を左折して国道292号に入れば、状況は一変して険しい夜の山中となる。また、この信号を直進すれば、ほんの僅かな所に長野原草津口という電車の駅がある。これは、周平たちが帰省するとき、そして帰校するとき必ず乗り降りする駅である。電車に乗ればあっという間に家が帰ることができる。懐かしい家庭に直結する駅がすぐそこにあった。

周平は絶ち難い引き寄せられるような力を振り切るようにして、須川橋の交差点を曲がり、真暗な夜の山道に入り込んで行った。右手には岸壁が切り立つように迫り、左手からは白砂川の瀬音が近くなったり遠くなったりしながら岩山の中に響いていた。この道路沿いには、所々、畑や人家もあるが、いまはそれらも姿を隠し頭上に張り出した森の木立は、夜の闇を一層濃くしていた。

周平は、前方に懐中電燈が一つ二つ揺れ動くのを認めた。振り返ると後ろにも懐中電燈の光がチカチカと動いている。その時、巡回車が近づいてきて周平のところで速度を落とした。周平は車の方を見ずに足を速めた。車は周平の姿からその意志表示を受け取ったらしく、また速度を上げて去って行った。周平は、車の中にチラと視線を走らせ、そこにかなりの数の仲間の姿を見た。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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