« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月28日 (土)

遙かなる白根(56)序章 100キロメートル強歩序曲

冷たい風が頬を撫で、私ははっと我に返った。上体を起こすとキラキラと光る星の下に六合村の人家の明かりが見える。あそこまであと30キロ。それは、私にとって絶望的な距離に思えた。私には自分をふるい立たせる気力も既に失くなっていた。

 私は、与喜屋公民館の庭にある公衆電話で白根開善学校に電話を入れた。本吉校長には予めこの日の計画は話してあった。そして朝、白砂川に沿って歩きながら六合村役場のあたりから電話をかけ、100キロメートルのコースを一人で歩いていることを知らせてあったのである。

「今、与喜屋公民館まで来ました。頑張ったつもりですが、これが限界です、周平に、お父さんはお前に負けた、与喜屋までしか歩けなかったと伝えてください」

「よく頑張りましたね。100キロはしんどいですよ。周平君にはその旨話します」

本吉校長の明るい声を聞いて、私は妻の車に乗り岐路についた。

私の強歩は70キロメートルで終わった。しかし、白根開善学校の子どもたちの努力の意味を知ることができた。そして、私が強歩の道々で考えたことは、周平や白根開善学校を理解する上で有益なことであった。

ここでまた、周平の100キロメートル強歩に話しを戻すことにする。

周平は須川橋の信号を越えた

与喜屋公民館を出た周平は、吾妻川にかかる新戸橋の上まで来た。深い吾妻渓谷は墨を塗り込めたような闇の中に姿を隠し、遥か下で流れの音がザアザアと響いている。渓谷を越えてしばらくゆくと第15ポイント・長野原町の学校給食センターに至る。ここを過ぎてゆるやかな坂道を登りつめると交通の激しい国道145号に出る。そして、間もなく周平は長野原町の明るい夜の市街に入った。白根の子ども達はまちの明かりで照らされた道を、足を引きずるように人々の目に異様に映る姿で黙々と歩いている。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月27日 (金)

「県立病院の危機。新型インフルの講演会」

◇今議会では、少子化対策がいろいろな角度から取り上げられている。昨日は、まずショックな数字が耳に飛び込んだ。未婚率だ。昭和30年本県男性の未婚率は1.09%であったが、平成17年には、同じく男性で16.6%となった。大変な数字だと思う。

 資料によれば、未婚者の約9割は、結婚する意志をもつ、そして、結婚しない理由は男女とも「適当な相手にめぐり会わない」ことだという。

 少子化の問題は、人口が減って社会の活力が失われるとか、将来社会を支える者の負担が増えるといった、社会全体の問題として、あるいは経済の問題として、論じられている。しかし、私は、より深刻なことは結婚したくても出来ない人たちの個人の問題であると思う。

 ひとたび生をうけて、愛する人とめぐり会って家族をつくることは人間の生きがいである。それを望みながらなし得ないことは大きな不幸である。先日、このブログでとり上げた、行政が仲だちをする「ぐんま赤い糸プロジェクト」のような工夫に行政はもっと力を入れるべきだと思う。

◇県立病院の赤字体質が質(ただ)された。全国の957の公立病院のうち、688が経常赤字を出した。そういう状況の中で県立病院改革プランがつくられた。どのように改革を進めるのか。赤字の最大の原因は医師不足ではないかと質問者は病院副管理者に迫っていた。

 県立病院は4つの専門病院から成る。プランの目的は心臓疾患、精神疾患、がん治療、小児医療というそれぞれの病院の使命と役割を果たすための改革である。改革の具体的目標は、医療サービスの向上、センター機能の向上、経営の健全化である。赤字については、群大病院、医師会、民間病院と連携をとって、3年を目安に解決する、と副管理者は答えていた。

 全国の公立病院は、地域医療の根幹を支えているが、医師不足や経営状況の悪化のため、統廃合や閉鎖が相次いでいる。本県の県立病院についても問題点を根本から考える時が来た。答弁にあるように、群大や民間との役割分担を考えて、県立病院として本当に必要なものは何かを検討しなければならない。

◇自民の村岡さんが新型インフルエンザ対策について質問する予定であったが時間不足で出来なかった。前回の議会と比べ、今回はこれを取り上げる人が少ないが、私はその動向が気になっていた。

昨日(26日)の夜、地元の芳賀公民館で小澤・県衛生環境研究所長が「新型インフルエンザの脅威と対策」と題して講演した。地域が危機意識をもって普段から対応を考えることが重要なのである。昨年12月、県の担当者の話を聞いたが、それを発展させた地域の学習会だった。私が冒頭挨拶して小澤さんを紹介した。小澤さんは、映像を使って、非常に明快な説明をしておられた。質問する受講者の姿を見て意義のある講演会であると思った。(勇気をもって考えよう)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月26日 (木)

「新日鉄会長の主張と松下幸之助の生の声」

◇24日の本会議でちょっと変わった質問風景があった。それは、フォーラム群馬の塚越さんが、現在の深刻な不況に関して知事の所見を聞く場面で、文芸春秋の記事をかなりの時間をさいて読んだことである。文芸春秋の3月号に掲載された新日鉄会長三村明夫氏のインタビューの記事である。塚越さんは、質問席に立って、たっぷり5分間をかけて記事の主要部分を読んだ。質問のやり方の適否を別にすれば、聞く人に、記事の内容をかなり印象づける効果はあったと思う。

 実は、この記事の一部を、私は2月13日の私のブログで紹介したのである。それは、「根拠なき悲観論が日本全体を覆っている。悲観論一辺倒では従業員の志気が落ち国全体の消費に悪影響を与える。景気は必ず回復する」という部分で、三村さんは、経営者と国民に勇気を持てと呼び掛けていると私は受取った。

 読み終わった塚越さんに所見を聞かれた知事は、「私も三村さんの記事を読んで共感し勇気づけられた。過度に金融に依存せず、自信喪失や悲観的にならず、群馬の企業がもっと高い技術を活かし、産官学連携による新技術を育てることによって頑張りたい、三村さんがいうように明けない夜はないのだ」という趣旨の発言をしておられた。

 県議会でこれ程に取り上げられた三村さんの記事の中から、私が共感する1、2の点をここで改めて紹介したいと思う。

 三村さんは日本の企業の強みとして、企業間の産業連携がスムーズに機能していることを指摘する。そして、一つの高い技術と製品が誕生するには、長期間の産業間の安定した信頼関係が必要だが、株主の利益を極端に重視するアメリカ型経営では短期的利益が要求されるので、このような産業連携は難しい、また、欧米の経営者の多くは落下傘のように社外や異業種から下りてくるが日本の経営者の多くはかつてその企業の従業員だったゆえに若しさや喜びをわかちあった体験がある。このような日本型経営の良い部分は自信をもって受け継いでいくべきだと主張する。

また、三村さんは次の事をあげている。日本には創業から百年以上生き残った企業が全国で十万社以上ある。二百年以上だと世界で七千社のうち三千社は日本企業である。このことから、百年に一度の危機を切り抜けた企業が日本には、すでに、十万社もある。日本企業には危機を克服するDNAが埋め込まれているといえる、と。勇気と自信が湧いてくる言葉だ。

◇松下幸之助の生の声を聞いた。その主旨は次のようなものだ。「景気の良い時は走っているので良く見えないが、不景気の時は歩いているので、まわりが良く見える、問題点もよく分かる、だから、不景気の時は、問題点を修理して次に備える時期なのだ」と。百年に一度の危機は、百年に一度のチャンスなのだということが幸之助の生の声から伝わってくるような気がした。(勇気をもって共に学ぼう)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月25日 (水)

「もりだくさんな本会議2日目」

◇本会議の質問の様子がかつてのものと一変した事を改めて思う。テレビの生中継と対面式一問一答型の採用の効果だ。

 犯罪対策では、ふり込め詐欺と「安心安全メール」が取り上げられた。「ふり込め」が一向に減らない、彼らは罪の意識がなく職業のようにやっている神奈川県警は、だまされたふりをしてだます「おびき出し作戦」をやっているが本県は、このサギをどうやって撲滅していくのか、と質問者は県警本部長に追った。本部長は、対策推進室を設け、14名の特別捜査チームで取り組んでいる、1,600か所のATMに監視の目を集中させている、最後の砦である金融機関と協力して撲滅に全力を注いでいると答えた。

 「上州くん安全・安心メール」とは、県警が平成19年に立ち上げた防犯メールのこと。登録すると携帯に犯罪情報がリアルタイムで配信される。今年1月末で11,638人が登録。その80%は、30代、40代という。私も登録し、時々、ふり込めの新しい手口などをブログで紹介している。県警はこれ迄に469件の情報を配信した。「タイムリーに正確な情報を流すことが防犯と防犯意識を高めるために効果がある、多くの人に活用してもらいたい」と本部長は語っていた。

◇昨日の議会のやりとりの中で嬉しく感じたことがある。それは、県行政が県民と一体となって多くの施策を展開している様子が伝わってきたことである。22日の議会でとりあげられた「赤い糸プロジェクト」もそうだが、昨日は2つの制度が紹介された。

◇その一つは、ぐんまちょい得キッズパスポート、通称・「ぐーちょきパスポート」である。

 2,200の店や企業が参加して、子育て家庭を社会全体が応援しようとするもの。中学生までの子どもを持つ家庭と妊娠中の方に優待カードを配布。協賛店舗は、代金割引、ポイント追加などのサービスを実施する。店や企業にはステッカーが掲示されるから、子育てを支援するということがわかりイメージアップとなる。社会全体が連携して子育ての喜びを分かち合おうとするものだ。これは次の「家庭教育応援企業」の制度と共に、行政が仲立ちをして社会が力を出し合えば素晴らしい事業が可能であることを示す。

◇「ぐんま家庭教育応援企業登録制度」これは、企業と行政が連携して、家庭教育を応援しようとするものであり、従業員の家庭教育を企業が社会の一員として応援する点に意義がある。企業名は県に登録され、ホームページでも紹介される。現在283社が参加し、年度末には320社を超える。

 家庭だんらん、挨拶の励行、父親の教育への関わりなどが促進される。企業にとっては、地域の教育に協力するということでイメージがアップする上に、従業員との絆が強まることで企業力がアップする点でもメリットになる。

◇地方の時代といわれる中で、行政は何が出きるかが問われている。知恵を出せば、行政はいくらでも地域の力を引き出すことが出きる。議員はこの流れを一層促進させなければならない。日本の底力は地方から生れる。(共に学ぼう)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月24日 (火)

「本会議の質問から拾う」

◇南波自民党幹事長が、元総社の土地取得の責任について本会議の場で改めて大澤知事に質(ただ)した。高木元県議の関与もあって13億円で買ったものを、小寺前知事は一年後に県営住宅を建てないことに方針を変え、以後14年間も何もせず放置し、その間、土地価格は、5億3千万円に下がり、その差額は約7億8千万円となった。大澤知事は、このような事実を指摘し、小寺前知事の責任は極めて思いと明言した。

 この点は、昨年の本会議で私も別の観点から質問した。その後、特別委員会でも追及された。視点をかえてくり返し問題にすることによって、問題の本質が埋没されることなく、より明確になることを願っているのである。

◇久保田政調会長は、深刻な医師不足に対して県民が安心できる質の高い医療サービスを提供するために県は、新年度予算でどのような取り組みをするのかと質した。久保田さんは、群大が32人の医師を派遣先の病院から引き揚げた事実を例にあげて、地域医療の崩壊の危機を訴えたのである。

 知事は、ドクターリクルーター制度(県外の医学生や研修医等の県内誘導を図る)、医師に対する修学資金貸与事業、女性医師再就業支援事業(出産や育児で休職中の女医に対するもの)、ドクターバンク運営事業などを説明していた。知事は、これまで、本県の深刻な医療状況の打開につき、大学病院、公立病院、民間医療機関がそれぞれの役割を踏まえて連携することの重要性を強調していた。本年度のこれらの事業もこの医療連携の方針の中で活かされることだろう。

◇知事公舎跡地の利用についての質問があった。多くの植木の名木はオークションにかけたらという点は今後検討する、そして、植木以外の跡地は当面有料駐車場にすると知事は答えた。県庁からの帰りに目をやると、小寺長期政権の跡地はきれいに整理されていた。時代の大きな変化を感じた。

◇あべともよ議員が高齢者の免許証自主返納制度をとりあげた。認知症も増える中、高齢者の交通事故が大きな問題となっている。頻繁に起る高速道の逆送も、多くは65歳以上だという。「自主返納」は申請による免許取り消しである。昨年は、本県で541件あった。他の都道府県では自主返納推進のために、施設利用料やホテル代の割り引きなどの優遇策を始めたところが増えている。あべ氏は、この方向は、免許証なしに生きられる地域社会づくりにつながり、CO2削減にも結びつくと述べ、議場から「同感だ」という声が聞かれた。

◇公明の福重さんが、「ぐんま赤い糸プロジェクト」を取り上げた。晩婚、非婚が進む中、県が男女交流を手伝うことには、意義がある。会員となっている企業や団体を通してイベント情報を知らせる。これ迄に673人が参加し82のカップルが生まれた。会場は県庁のレストラン、ロイヤルホテルなど。県少子対策課等が担当。公的機関によるこのような動きに賛成したい。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月23日 (月)

「三国志展を見る」、「抑制廃止研究会で講演」

◇少年の頃、私は、吉川英治の「三国志」に夢中になった。テレビが普及していなかった時代のためか、英雄たちの活躍に想像力を一層かきたてられ、それは、少年の若い脳に染み込んで今に至るまで鮮やかに残っている。

 「三国志」といえば蜀の劉備を中心に描かれてきた。人民の味方で徳の高い劉備と彼を助ける天才軍師孔明が繰り広げる壮大な物語である。

 最も強国である魏の曹操は悪役で好雄として語られたが、実際は政治家として傑出した人物で、私は、長じてからは曹操に興味をもった。

 グリーンドームの「三国志」展は曹操にもかなり説明をさいていた(22日)。蜀と呉が連合して、魏を破った赤壁の戦いは、展示でも力を入れたメインの部分である。そそり立つ山あいの谷を埋めるように流れる圧倒的水量の揚子江の実際の画面が1800年も前の水軍の激しい戦をリアルに語っているようであった。北の国の曹操は水の戦いには不慣れである。敵の計略にかかった曹操は数千の軍船を鎖で結んだ。そこに南東の強風が起き、蜀と呉の連合軍は火計をしかける。魏の船は一かたまりとなって逃げることも出来ず炎に包まれる。あの水が曹操の軍勢を呑み込んだのだと私は流れる長江を見て思った。「三国志」を見ると、中国が権謀術数の国だと誰かが言ったことが分かる気がする。

◇私は、平成13年頃、抑制廃止研究会を立ち上げた時からの役員である。22日、県庁舎29Fの会義室で総会があり、短時間の講演をした。

 話の筋は、「高齢者介護の原点は、人間の尊重にある、そして人生の終わりに近づいた高齢者を温かく人間として介護することが、全ての人に希望を持たせ世の中を明るくする、この事を実現する為に介護の人材を育てなければならない」というもの。

 話の材料としていくつかの事件を取り上げた。第一は、平成16年鬼石町の「御嶽特別養護老人ホーム」で入所者を車イスに縛りつけるなどの身体拘束が日常的に行われていたという出来事。当時、施設の理事長は、「身体拘束について勉強不足で、責任者としておわびしたい」と述べた。つぎは、平成18年に、東京都の特養で若い職員が女性入居者に性的虐待発言したことが大きく取り上げられたもの。テープには、「絶対、見たら訴えられる」、「やばいすよ盗聴されたら終わり」などの言葉があった。また、平成19年千葉県の介護施設では入所者をペット用のオリに入れたり、両腕に金属の手鍵をかけて拘束したという事件があった。

◇平成18年3月に行われた県の実態調査では、県内の特養や老健の約60%で何らかの身体拘束をしていることが分かった。この年(平成18年)4月、高齢者虐待防止法が施行されたが十分に活かされていないようだ。

介護につては、職員の待遇が悪いため人手不足が深刻だといわれる。法律によって制度を改善すると共に、高齢者の介護にプライドを持つ人材の育成が絶対に必要だ。介護の問題の本質は、憲法が定める人間の尊重である。この点の自覚を社会全体が高めなければならない。今日始まる本会議でも高齢者介護について質疑が交わされることだろう。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月22日 (日)

遙かなる白根(55)序章 100キロメートル強歩序曲

「文明」は自然を征服し壊し続ける。

オゾンの穴は限りなく広がり、ツンドラの凍土は溶ける。

轟くのは大氷河の崩れる音。それは地球の悲しい叫び。

大洪水、かつてない熱波と寒波。

絶滅の渕に追われる生きもの達。

享楽を貪る人々は何も気付かない。

自然の逆襲が始まった。

愚かな人間を懲らしめるために。

神を畏れぬ人間達を目覚めさせるために。

浅間の麓、与喜屋の大地に耳をあてれば、煮えたぎるマグマの音が聞こえる。

それは大自然の怒れる叫び。

大火山は200年の眠りから醒め、

人間の営みをじっと見詰める。

今、偽りと虚飾が渦巻く中を、

不思議な子ども達が歩いている。

愚かな「文明」の利器に頼らず黙々と。

その足取りは逞しくその瞳は優しい。

周平よ、大自然の恐さと偉大さを知れ。

周平よ、自然の中で正しい知恵を学ぶのだ。

それは人生を生きる本当の力。

自然はお前達を優しく包み、正しい力を与えてくれる。

自然はお前の味方なのだ。

周平よそれを信じて生きるのだ。

世間の目など気にすることはない。

それは

頬を撫でて過ぎゆく風のようなもの。

100キロを歩き通す力、それこそ自然から学ぶお前の力。

周平よ、それを信じて生きるのだ。

 ☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月21日 (土)

遙かなる白根(54)序章 100キロメートル強歩序曲

その時、車のエンジンの音と共にヘッドライトの先の輪がゆっくりと近づいてきた。どこかで待機していた妻であった。妻の車に付き添われるようにして、私は夜の林道を杖にすがってやっとの思いで抜け出し、再び与喜屋公民館に辿り着いたのは、午後8時50分であった。私の足は骨の中まで痛さが染みとおって、既に自分の足ではないような状態になっていた。もはや限界であった。私は公民館の庭に大の字になって寝ころんだ。雲間からのぞくきれいな星空がはじめて目に入った。影のような薄い雲がゆっくりと流れている。あたりは物音もなく静かだった。私は流れる雲に、現代文明と切り離された悠久な時の流れを感じた。人間の行為が小さく馬鹿らしく思える。周平が足を引き摺って必死に歩く姿が目に浮かんだ。私は訳の分からぬ激しい怒りが込み上げるのを覚えた。目を閉じると混乱した社会の様相が私の胸で渦を巻き、その中を周平が流されてゆく。そして、私もそれを追うように流され、渦の中に巻き込まれてゆくのだった。

偏差値がなんだ。

詰め込んだだけの知識、通過のためだけの試験の技術

それが人間の価値を決めるのか。

愚かしい社会の掟が人々を駆り立てる。

無意味な競争はどこまでも続き、

競争社会の行く手は果てしなく暗い。

子どもたちは反乱の狼煙を上げ、大人たちは途方に暮れる。

軽薄な「文明」がなんだ

人間の小賢しい知恵と驕り。

それは身勝手な途方のない「文明」を築いた。

砂上の楼閣は、今音を立てて崩れる。

心を失った人間の上に。

欲望は欲望を生み、人の命は木の葉のように軽い。

何かを求める若者達の手は

虚しく空を掴む。

 ☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月20日 (金)

「エイズ対策、大澤知事の清明会、市議選の慰労会」

◇08年に新たにHIV(ヒト免疫不全ウィルス)に感染した人は1,113人、AIDS(エイズ)を発症した人は432人で、いずれも過去最多となった。HIV感染者の感染経路は同性間の性的接触が最多で約69%をしめる。厚労者は「早期発見が早めの治療と感染拡大防止につながる。HIV検査を積極的に受けて欲しい」と呼びかけている。

 現在エイズ感染は世界的に拡大しており、国連の推計では世界の感染者は3,887万人で、エイズによる死者は229万人といわれる。日本では、かつて大騒ぎしたが、その後、静かになってしまった。しかし、実際は不気味に拡大していると思われる。

◇群馬県は、この2月議会にエイズ対策費として、2億942万5千円の事業費を計上した。それはHIV感染者及びエイズ患者が増加傾向にあることから感染を早期に発見し早期の治療によって発症を遅らせるための啓発活動、エイズ拠点病院カウンセラー設置、HIV母子感染防止対策等に当てるためである。

◇極く最近の本県の状況として、昨年9月29日から3カ月間に、HIV感染者として30代の男性1名(感染経路不明)と50代の男性1名(異性間の性的接触)の届出、また、エイズ患者として60代の男性(感染経路不明)の届出があった。いずれも日本国籍の人である。

 昭和62年からの本県の累計は、HIV感染者が126名、エイズ患者が96名となっている。それぞれの感染経路の主なものは、HIVでは、異性間接触73名、同性間接触21名、エイズ患者では、異性間接触57名、同性間接触10名となっている。

◇エイズ対策の外に、今議会の感染症対策として新型インフルエンザ対策費2億1470万円の計上が注目される。主な内容はパンデミック(世界的流行)時の医療体制の整備、及び抗インフルエンザウィルス薬(タミフルとリレンザ)の追加備蓄のための費用である。現在、これらの薬の備蓄状況は人口の23%分であるが平成23年までに人口の45%分を目指す。

今議会では、多額の予算を計上して母子保健の推進を企画しているが、少子化対策を勇気づける朗報が最近あった。小渕優子少子化担当相が第2子を妊娠し、今年9月に出産予定とのこと。「仕事も頑張り、元気な子供を産みたいと思っています」と話した。当面、閣僚の仕事は続けるという。現職の閣僚の妊娠は初めてのことらしい。暗い世相、特に泥沼でもがく麻生内閣の中で光を放つ出来事である。

0220 ◇大澤知事を支える清明会の総会があった(19日)。国会議員では笹川さんが出席し、「この大不況はアメリカの金融機関が変しなことやった人災だ。人災は必ず克服できる」と発言していた。笹川さんは麻生さんや小泉さんのことにも触れていた。それを聞きながら、私は、これからはますます地方の時代だ、地方がしっかりしなければと思った。夜、市議選の慰労会を行った。大澤知事も出席、質素で有意義な集いだった。現職で唯一人落選した人も参加。勇気ある態度に敬服した。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月19日 (木)

「裁判員制度を目前にした異常な法廷」

Photo ◇検察側が死刑を求刑したのに対し東京地裁は無期懲役を言い渡した。検察側は、法廷に大型モニターを設置し、切り刻んだ骨や肉片、被告が犯行を再現する姿などを映して見せた。これは、一般の市民にとって、一番分かりやすい罪状の説明方法に違いない。5月から始まる裁判員制度に備えた検察側の工夫だと思われる。

 裁判員は自分の感情を抑えて冷静に判断しなければならないが、このような法廷では、それは無理ではなかろうか。法廷で、画面を見ていた女性2人が倒れたという。正に感情を煽る劇場型の立証の仕方であった。

 先月26日の法廷で、検察側は、「鬼畜の所業だ」として星島被告に死刑を求刑した。被害者の母親は、娘が味わった以上の恐怖と痛みのある死刑を望むと述べ、他の遺族は、「死んでも許せない、お墓が出来たらハンマーを持って殴りに行きたい」と発言したといわれる。

 星島被告は、はやく死刑にして欲しいと述べていた。そして弁護士は、「遺族、検察官、被告人が望むから死刑にするというのでは裁判は無意味になる」として無期懲役を求めていた。東京地裁は、18日「死体をバラバラに切断した行為の悪質性を過大に評価すべきでない」、「矯正の可能性がいまだ残されている」等の点を挙げて死刑を回避した。

 最高裁は死刑判決の要素として被害者の数を重視する。そこで、通常死刑が下されるのは複数を殺害した場合であって、一人の場合に死刑となるのは特別にひどいケースである。

 また、最高裁が死刑を判断する場合の他の要素として被害者の処罰感情を挙げていることが、最近の司法制度の改革との関係で一段と重要になった。それは、裁判員制度と被害者参加制度である。

 昨年12月から被害者や遺族が公判に出て意見を述べることが認められるようになった。今回の星島の犯行に対して遺族が死刑を強く求めたのも、この制度に基づいている。5月からは、これに裁判員制度が結びつく。裁判員は法廷で被害者の生の処罰感情と向き会わなければならない。私は、被害者参加制度と裁判員制度は矛盾するように思えてならない。

 星島被告の犯行を通して今の若者が生きる歪んだ社会環境の恐さが浮き彫りなったように思える。34歳の一見好男子の星島は、女性との交際経験がなく、女性を強姦し性の快楽に溺れさせ何でもいうことを聞く「性奴隷」にすることを考えたという。モニターの大画面には、星島が描いた全裸の被害者のイラストが映された。星島は、「正に外道」という  ワイセツな漫画同人誌に寄稿していたことがあるという。現実と虚構を混同して外道に踏み込んでしまったのか。

ワイセツな情報が洪水のように流れる中を現実に足を着けない孤独な若者が無数に漂っている。最近多発する異常な性犯罪には共通する暗い社会的背景があるように思う。地域の崩壊と冷たい格差社会の拡大が正常な若者まで絶望の渕に追いやっている。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月18日 (水)

「2月定例議会が始まった。その見所は」

◇2月議会が始まった(17日)。3月18日までの30日間という長丁場になる。朝7時半、群馬会館食堂で自民党議員団の朝食会があった。カムバックした山本龍君が御礼の挨拶。私は、市議選の報告等を行った。開会前、10時半より2月議会の恒例である群響の演奏が行われた。今回は、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」などが奏された。いつもより多くの人々が傍聴席で耳を傾けていた。

 開会後、県議補選で当選した山本龍と後藤新両氏の紹介があった。登壇した後藤新さんは、「執行部で長くお世話になりましたが議員としては新人なので心を新たにして頑張ります」と挨拶した。元高級官僚が県議会の一議員を勤めるのは恐らく初めてのこと。議会の活性化にどのような影響を与えるのか注目される。因みに後藤さんは、文教警察常任委員会及び、「安心、安全なくらし特別委員会」に属することになった。

◇新議員の紹介に続いて、新たな警察本部長が紹介された。前任の折田さんは四国の管区局長として転出され、新任の大平修氏は科学警察研究所から来られた。県警本部長はいつも中央から赴任される。

◇2月議会は最も重要な議会であり、平成21年度の当初予算と多くの議案が提出される。開会日の重要な作業は、これらに関する知事の提案説明である。大澤知事が語った要点のいくつかを紹介する。

 知事は冒頭「世界的な金融危機は、我が国の経済にも大きな影響を及ぼしています」と述べ、厳しい財政状況であるが、群馬県の将来を見据えた思い切った対策を講じて県民が安全で安心して暮らせるよう全力を尽くすと決意を示した。そして、21年度当初予算の3つの柱として、「県政改革の一層の推進」、「県民生活の安心・安全の確保」、「県内経済の活力向上」を挙げた。これらの柱に基づいた多くの施策がこれから始まる本会議や各委員会で審議される。その状況は、このブログで紹介していきたいと思うが、ここでは、そのいくつかを取り上げてみる。

「県政改革の推進」では、80億円を超える県有未利用地の売却や活用、県有施設の在り方の検討、職員数の削除などの施策があり、「県民生活の安心、安全確保」では、子どもの医療費無料化、医師確保、ドクターヘリ、新型インフルエンザ、食の安全等に関する施策などがある。また、「県内経済の活力向上」では、中小企業のための緊急の経済対策、雇用対策本部の立ち上げ、「ぐんま求職者総合支援センター」設置などがある。

◇隣人である女性を性的目的で自宅に連れ込み殺して切り刻んだとされる星島容疑者に対する東京地裁の判決が今日下される。被害者の母は「人の顔をした悪魔だ」と発言、検察側は大型モニターで生々しい場面を写し死刑を求刑、弁護側は計画性がないとして無期懲役を主張した。裁判員制度との関わりでも重要な判決となる。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月17日 (火)

「市議選を振り返る」「受動喫煙の害」

◇今回の市議選で一票の差で泣いた候補者がいた。一票の大切さを改めて痛切に思う。次点の高橋一郎さんは市長支持派のベテラン市議だった。過去の市議選では、毎回、高得票の当選を重ねてきたが、今回の得票は、2,305票で、最下位当選者が得た2306票との差はわずかに一票である。もし、この僅かの票の不足が事前に分かったとすれば、高橋一郎さんは、容易に一~二票の票を集めたに違いない。過去には、前橋市を中心とした衆議院の選挙で一票差で当落が分かれた例があったと聞く。選挙の恐ろしさをつくづくと思うのである。

 今回の市議選の結果をマスコミは、市長批判派が22対17で優勢だったと数字で示しているが、22対17の中味を分析すると、批判派の勝利の大きさが分かるのである。その一端を挙げると、市長派の中心人物である窪田治好氏の落選を筆頭に市長支持の現職が数名落選している。そればかりではない。高木市長のひざ元から立候補した批判派の岡田ゆきよし氏は、同じ地域から立候補した市長派の新人と激しくぶつかり、当初苦戦が予想されたが結果は前回よりも大きく票を伸ばし、3,090票を得て上位11位で堂々たる当選を果たした。

 市長批判派は、大胡町の狭い地域で候補者が乱立したために苦杯をなめた本間進氏を例外として現職全員が当選を果たした。中でも、堤孝之氏の当選は光る。中心市街地からの当選は、いつも苦しいものであるが、今回は、有力な市長派の新人小曽根氏が同じ地域から立候補したため堤氏の状況は一層厳しいものに見えた。

 群馬会館に於ける小曽根氏の集会は二階席までいっぱいだと伝えられる一方、堤氏の集会は、私の知る限り、どこも、人の数は少なく盛り上がりにかけると感じられた。ところが、結果は、大方の予想を裏切って、小曽根氏より5位も上位の20位での当選を果たした。勝因は、堤さんが、市長に対して是々非々の態度を貫くことを主張し、それを認めようとしない市政を批判したことが多くの市民の支持を得た点にあると思う。このように見てくると、今回の市議選の底流には、高木市長に対する批判が大きく動いていたように感じられるのである。

◇神奈川県知事の受動喫煙防止条例案に注目。松沢知事は、このような条例を議会に提出した。これは、たばこを吸わない人が喫煙者のたばこの煙を吸うことを防止しようとするもの。病院や学校などを全面禁煙にするほか、居酒屋やホテルなどについては、禁煙か分煙かを施設側に選択させる内容になっている。条例案は、今月24日に県議会で採択される予定で、可決されれば全国初の条例となる。本県の庁舎内でも、狭い会議室で無神経にたばこの煙を流す者がいる。これは、他人の健康に対する侵害行為だ。神奈川県の条例を見守りたい。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月16日 (月)

「市議選のドラマ、市長批判派が勝つ」

◇市議選最後の攻防(14日)。15人が落選するという激戦の終盤は凄かった。とくに、投票日前日の各陣営の動きは、前橋市の市議選として恐らく前例がない程激しかったのではないか。総決起大会と個人演説会が多く予定され、私は夜まで東奔西走した。集会の状況は、候補の置かれた立場やその地域の特色によって様々である。自治会が中心となって候補者と地域のコミュニティが一体となっているところは多くの人が集まっていて当選は間違いないという感を抱く。一方新人の中には、総決起というのに30人かそこらしか集らないところもある。しかし、選挙は投票箱を開けてみなければ分からない。特に今回の選挙は、判断の材料とされる複雑な要素が多いだけにどういう結果が出るか不気味である。とにかく長い戦いは終わった。

◇当落の決まる夜(15日)。投票日は朝から初夏のような日和である。私は午前中投票率を気にしながら投票を済ませた。今回は、史上最多の候補者が競う激戦なので投票率がいくらか上がるかと思われたが、結果は、意外で55.22%。最低といわれた前回(55.23%)より低かった。有権者数は257,143人であるから有効得票数は約142,000。では当選ラインはどの位になるのか。反市長色を鮮明にした候補者、近くに対立候補を立てられた候補者はどうなるのか。今回は話題が多い。間もなく明らかになるドラマを緊張して待つ思いで、私は午後8時過ぎ地元候補者の事務所に詰めかけた。

◇第一回の開票結果は午後9時15分に発表。テレビは9時半頃となった。400票、200票といった数字がずらりと並ぶ。第二回は9時45分。10時過ぎ、次々に当確が出ると、事務所は騒然となった。間もなく地元の宮内さんが当選するとどっと歓声が上がった。宮内さんに挑戦する型で出ていた堤 洋一さんは落選。当選に湧く事務所はいつもいいものだ。暗い世相の中で、ここだけは純粋な笑顔と喜びの声があふれている。

時刻は午後11時に近づいていたが、私は宮内事務所を飛び出した。宮城の大崎さんは市長派といわれる候補者だが、私とは特別の関係がある。激戦を凌(しの)いだ事務所はまだ興奮が渦巻いていた。大胡の阿部さんは終始市長批判を貫いた候補者である。同じ地域から出た他候補が何人も苦杯をなめる中で貴重な勝利を手にした阿部さんは、一人一人の支援者の手を固く握りしめていた。

私が最後まで心配した候補者は堤孝之さんだった。県庁所在地で旧市の歴史と文化を受け継ぐ地域の候補者である。市議会でも高木批判を貫いた人だ。総決起でも集まる人は少なく心配したが前回より上位で堂々と当選を果たした。関谷俊雄さんの事務所へ着いた時は午前0時に近かったが、熱い同志は待っていてくれた。剛直な人、関谷さんは今回も自分を貫いて見事に当選した。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月15日 (日)

遙かなる白根(53)序章 100キロメートル強歩序曲

 足を引きずるようにして、行きの与喜屋公民館に着いたのは午前10時15分であった。周平は、ここに午前9時21分に到着していた。若い周平の脚力との差は次第に大きくなってゆくようであった。3週間ほど前の100キロ強歩の時は緊拍した賑いを見せていた公民館も、今は人影もなくひっそりとしている。

 私は秋色の一層深まった林道に足を踏み入れた。この落ち葉の上を周平が歩いた。そう思うと落ち葉の柔らかい感触が、足の痛みを優しく包んでくれるように感じられる。林道はやけに長い。その長い距離を行き交う人もなく、森は静かであった。鮮やかに色付いた森の景色は目に入るが、それに心を動かされる余裕がない程私は疲れていた。やっと林道を抜けて、食堂ルート・146に立ち寄り、田通、常林寺を経て浅間の高原地帯に出た時は、どこかで見つけた木の枝を杖にして、私はふらふらと老人のような姿で歩いていた。道端に腰を下ろし両手で足を揉んだ。周平の足の痛さを共感した思いだった。

 午後3時に妻と国道146号沿いのホテルカリフォルニアで落ち合うことになっていたが、私がやっとの思いでそこに着いたのは、日もとっぷり暮れた午後5時20分であった。心配していた妻は、喜びと哀れみの表情で私を迎えた。

 「まだ続ける気ですか」

妻が聞いた。

「そうだ」

私は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。自分の意思とは別に、私の足は限界に近づいているようであった。それでも、そのうちに痛さを通り越して歩けるようになるのでは、という期待があった。私は数十メートル歩く毎に立ち止まって、両膝を折ってしゃがむ運動を繰り返した。しゃがむ時に非常に痛いが、足の筋を伸ばすことがとても気持ちよい。このようにして国道146号を北上し、私はようやく夜の林道に進むことになった。100キロ強歩のときは、この夜の森を皆で歩いているという気持ちもあったであろう。一人で歩くと夜の森は一層不気味である。しかし、それよりも足の痛さの方が深刻であった。私は道の上に両足を投げ出して尻を下ろした。大地に尻を落ろし、両足を投げ出すことはこんなに良い気持ちなのかと思った。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月14日 (土)

遙かなる白根(52)序章 100キロメートル強歩序曲

「いいでしょう」本吉校長は承知してくれた。 しかし、その後100キロメートル強歩の担当の先生から電話があった。「それは認められません」という。父母には、100キロの道中の安全のためにそれぞれ協力してもらわなければならないというのが、その理由であった。その点は、妻と周平の姉がポイントに立って全面的に協力すると話したが、それでも認めることは出来ないと言われた。先生の言葉には、かなり強い意志が感じられたのである。考えてみれば、それはもっともなことであった。それで私は周平と一緒に歩くことは断念し、後で一人で歩くことにしたのである。「お父さんも歩く」と周平に約束した手前もあった。 その年の11月3日、私は娘と共に車で山に登り、午前4時少し前に白根開善学校に着いた。リュックを背負い、熊よけの鈴をつけ懐中電燈を持って、午前4時にスタートした。娘は車を運転して坂道を下って行ったが、心配らしく時々車を止めて、私の懐中電燈が後ろから近づくのを確認している風であった。午前5時、尻焼に着く。待っていた娘は、“本当に大丈夫なの”という目で私を見、私が頷くのを確認すると車に乗って去っていった。六合村の道は既に何回となく通っていた。しかし、今は全く別の道を歩いているという感じであった。これが周平が歩いた道なのだ。土を踏む足の感触がそれを伝えていた。白砂川の瀬音が近くなったり遠くなったりする。この音は周平の耳にも響いていたに違いない。この新鮮な川の息吹は周平の心に届いたろうか。私はこう思いながら、人影も見られない白砂川に沿った早朝の国道を下っていった。白砂川にかかる出立大橋を渡り、広池公民館を過ぎて、やっと六合村と長野原町の境である峠の切り通しまで来た。時計の針は午前8時30分を指していた。振り返ると四方を山で囲まれた六合の村々が一望できる。この時、私はもう爪先の痛みを覚えていた。大変な距離を歩いたつもりでいたが、まだ出発点から20キロ位しか歩いていないのだ。100キロのコースを頭に描くと、今私は途方もなく巨大な怪物の尾の先に立っているような恐怖に似た気持ちにかられるのであった。  ☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月13日 (金)

「中国から肺癌の便り」「新日鉄三村氏の主張」

「中国から肺癌の便り」「新日鉄三村氏の主張」

◇大連外国語学院の宮偉さんからFAX便が届いた。父親が癌にかかっており何とか救いたいという悲痛な思いが文面から伝わってくる。

 大連外国語学院は、日本語を学ぶ学生数に於いて、外国の大学では世界最大である。昨年大連市から隣りの旅順市に校舎を移転させた。出来上がって間もない壮大なキャンパスを訪れ、群馬の県立女子大との「友好交流の協定」の調印式を行ったのは昨年の11月であった。この協定に至るまでにはいろいろな困難があったが大学事務局幹部の宮偉さんには大変お世話になった。

 私は、調印式の後で記念講演を行ったが、その時、群馬を紹介する1コマとして、世界でも画期的な重粒子線による癌治療施設が群馬大学に間もなく出来ることを話した。宮さんは、それを聞いておられたのであった。

 宮さんから送られたFAXには次のようなことが書かれていた。「つい最近、父親が肺がん、それも晩期だと判断されました。群馬県には素晴しい医療施設があると中村先生から聞きました。私にとって大事な父なので、ぜひ私のすべてを尽くしても命を救いたい。少なくとも命を延ばしたいと願ってやみません。必要なら診察の資料を持って日本に行きたいと思っています」

 私は早速、次のような返事を出した。「重粒子線治療施設は現在建設中であるが、少し遅れている。今年度中には治療が始められる予定である」と。

 何とか力をかしてあげたいと思うが、約300万円のお金が要る等の事は書けなかった。この治療施設が中国に紹介されるきっかけになる可能もあることであり、大学側と何か方法がないか話し合ってみたいと考えている。

◇19歳の派遣の少年が「金が欲しくて」という理由で、タクシー運転手を殺して金を奪った。大不況の中で人々の心を暗くする出来事である。100年に一度といわれる不況によって日本人の心は金縛りにかかっているようだ。金があっても使えない心理になっている。そのことが消費を抑え不況を一層深刻にしている。

最新の文芸春秋で、三村明夫氏の良い記事を読んだ。新日鉄会長の三村さんは私と同じ歳、前橋高校の出身である。三村さんは、「緊急提言、日本を復活させよ」の中で、大企業の経営者としての経験に基づいた明快な論理を展開している。勇気づけられ、示峻を受ける一、二の点をピックアップする。

三村さんは、いまや根拠なき悲観論が日本全体を覆っている。景気は必ず回復する。明けない夜はない。経営者には根拠に裏打ちされた楽観主義が必要。悲観論一辺倒では従業員の志気が落ち国全体の消費に悪影響も与える、と述べる。また、エネルギーや食料の海外依存度を抑えるための産業振興として内需拡大が必要で、そのために、とりわけ重要なのは農業の振興だと主張している。私は国民の悲観論を抑えるために政治の役割が重要だと思う。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月12日 (木)

「激戦地をゆく。政治家の説明責任」

◇知事と多くの事務所を激励に回る(11日)。知事が市議会議員の選挙で候補者を激励して回るのは珍しい事かも知れない。官僚タイプの知事はやらないと思う。大澤さんは町会議員から始めて県議を長く勤めた経験をもつ人だから、今回のような行動に心情的な抵抗感はないのだろう。

 大澤知事にとって、多くの選挙事務所で人々に接することは、地域の課題と地方政治の実態を知事として肌で感じとる絶好の機会になったのではなかろうか。

 前橋は合併によって地域が拡大し、それに伴って、定数と立候補者の数が大きく変化した。定数は40に減り、立候補者は激増し55人に達した。いままでは、2~3人が貧乏くじを引く程度であったが今回は15人が落選する。これは、前代未聞の事だ。

 特に厳しい状況に追い込まれているのが、合併によって新たに前橋市に加わった地域である。狭い地域に4~5人も候補者が乱立し地域の票では当選はどうみても不可能だから候補者はあらゆるつてを使って他地域に攻め込んでいる。だから、候補者が少ない地域も不気味な不安を抱いているのが実情である。

 候補者の演説には、それぞれの特色があらわれている。ただ感情に訴える人、地域の課題について語る人、中には、民主主義とか地方の政治に関する自分の信念を訴える候補者もいる。

 私は、今回多くの演説会場で感じることがあった。それは、政治家にとって説明責任と説得力が非常に大切だという事である。会場に詰めかけたおじちゃんやおばちゃんは、単純な枝葉の事でうなづいたり目を輝かせたりする。しかし、候補者は、受けたと思ってこれで自己満足してはいけないのである。重要なことを、それが難しい事であっても、易しい言葉で語り、おじちゃん、おばちゃんをうなずかせなければならない。多くの演説会場は、人々が政治を学ぶ生きた学習の場でもある。候補者も応援弁士も、会場の人々から点数をつけられている。

◇自民党に対する強い逆風を感じる。麻生内閣の支持率が下がっている。私は、麻生さんのイメージが悪くなっていることを淋しく思う。ちょっとした失言や配慮を欠いた発言が大きく報道され、野党からことさら追及される。百年に一度といわれる不況の中で、職を失う若者が増え、また、人々の心理に不安が広がっている時に情けないことだ。

麻生さんが郵政民営化に賛成でなかったなどとブレた発言をしたことについて首相側近の菅氏は「国民に誤解を与えるような発言は慎まなければいけない。首相は、慎重に慎重に発言してもらわないと」と述べたと言われる。このような首相の姿勢が逆風を強め地方の選挙にも影響を与える。今回の選挙は、こんな自民党に対する逆風も計算に入れなければならない。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月11日 (水)

遙かなる白根(51)序章 100キロメートル強歩序曲

「周平君、足が痛いということだけど大丈夫」

係りの先生が声をかけた。

「はい大丈夫です。痛いのが消えました」

林道の中の恐怖で痛さを忘れて走った周平であったが、林道を抜けた今、痛みはなかった。周平は痛さに勝ったことが嬉しかった。そして今まで、何をやってもうまく行かなかったが、ここで一つ立派な成績を上げることが出来たと感じた。公民館を出ると、はるか彼方の高い所にきらきらと人家の明かりが見える。六合村はあの明かりのもっと先だ。開善学校から歩きとおして約70キロ、まだ30キロの道を歩かなければならなかった。

与喜屋公民館

周平は、与喜屋公民館を出て夜の道をテクテクと歩き出した。遥か前方の周平の目の高さの所に広がる光の帯は、長野原町の家並みである。黒い空間がこの光の帯によって二つに分けられている。上方に目を凝らすと微かに認められるいくつかの星の下に、六合村の人家の明かりがチカチカと見える。長野原町の明かりの背後には、六合村との境をなす険しい山並みが影を潜めているのだ。そして、目の前の一際濃い闇の下には、熊川の谷と吾妻渓谷が静かに時を刻んでいた。前方の谷や山は、子どもたちの心の中の大きな障害物でもあった。山や谷を越えて、あの星の下の六合村まで夜の道を歩くのかと思うと、足や身体の疲れ以上に、心が打撃を受けてしまう。そして、リタイアし、あるいはワープする子どもたちも出てくるのであった。そういう意味でこの与喜屋公民館は白根開善学校の100キロメートル強歩における特別の場所であった。

実は与喜屋公民館は、私にとっても特別の場所であった。それは「私の強歩」の到達点でもあったからだ。ここで、少し話がそれるが、「私の到達点」に触れる。周平たちの強歩が終わってからしばらく後のこと、私は決意して同じコースを一人で歩いてみたのである。これには少しいきさつがあった。私は100キロメートル強歩の苦しさを周平と共に体験したかった。そこでその旨を本吉校長に頼んでみたのである。

 ☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月10日 (火)

「裁判官がわいせつで逮捕の衝撃」

◇現職の裁判官がわいせつ容疑で逮捕された。このところ司法関係の不祥事が多い。最近、ストーカー行為で逮捕され、国会の弾劾裁判で罷免された元裁判官は、裁判員制度の開始を目前にして司法に対する信頼を傷つけたことを後悔していた。今度は、高裁判事がわいせつ容疑で逮捕されたと聞いて驚いた。伝えられるところによれば、福岡高裁宮崎支部の一木判事は、高速バスの中で、隣りの席の眠っている女子短大生のショートパンツの中に手を入れて下半身を触ったとして準強制わいせつの疑いで逮捕された。事実とすれば、正に破廉恥罪である。破廉恥罪を裁く立場の者が裁かれる身となった。教員や警察官がわいせつ罪で逮捕される例は、これまでにも頻繁に見られた。聖職といわれたこれらの領域にも腐食が進むことは日本を支える土台が侵されていく姿に見えた。それでも、最後の砦として厳然とした司法が頼りになると思われてきた。それがまたかという感じだ。

朝日新聞の最近の意識調査によれば、80%の人が裁判官を信頼していると答えている。しかし、裁判官が今回のような事件をおこすと裁判官に対する信頼にもひびが入る。ストーカー事件を起こした裁判官や今回の準強制わいせつ容疑で逮捕された裁判官は、例外中の例外なのか、それとも、最後の牙城にも構造的な問題点が生じていることの現われなのか、多くの人々は、戸惑っているに違いない。

◇間もなく始まる裁判員制度も司法に対する国民の信頼を高めることを目的としている。裁判は法律の専門家に任せるもので一般の市民とは離れた世界のものと長い間、私たちは思い込んできた。しかし、裁判も、民主主義を基盤とする社会における制度であるから、民意を離れた裁判は真の意味で正しい裁判とはいえないと私は思う。問題はどのようにして一般市民の民意を裁判に反映させるかである。法に基づく裁判といえるために、裁判員と共に裁判官が参加する。だから、この裁判官に対する信頼が裁判員制度を支える中心にならなければならない。現職の裁判官がわいせつ罪で逮捕されるという衝撃は、裁判員制度を根底から揺るがすものだ。

◇殺伐とした社会にはユーモアが求められる。質のよい風刺や皮肉は疲れた心のビタミン剤となる。私の携帯の「ニュース」に、今年の「サラリーマン川柳」の入選作が入った。「久しぶりハローワークで同窓会」、「就職先、自宅警備という息子」、「仕事減り、休日増えて居場所なし」、「子供らにまた教えてる総理の名」、「マンガ好き、末は首相と息子いう」。 百年に一度と言われる不景気や混迷する政治を皮肉っているものが多い。数年前のサラリーマン川柳の入選作には、「どっとこむ何がこむかという上司」というのがあった。その時々の社会状況が川柳から伝わってくる。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 9日 (月)

「モンゴルの国際議員と腕相撲」「市議選始まる」

090206_142935 ◇モンゴルの国会議員団が県議会を訪ねた。日本の農業を視察し、農業に於ける今後の交流のきっかけをつくることを目的とするものだ。私は挨拶の中で、13世紀チンギスハンが欧亜にまたがる大帝国をつくり東西の文化の交流に大きな貢献をしたこと、現在は、朝青龍が大活躍であることなどに触れた。来県したモンゴルの人々は絵で見るフビライや、朝青龍にどこか面影が似ている。巨漢の角倉議員がおれは群馬の朝青龍と笑いながらつぶやいていた。この人もまた、細い目、ふくらんだ頬などの風ぼうがモンゴル系統といえなくもない。

エレベーターの中でモンゴル相撲が話題になり、話のはずみで、私が腕相撲をやろうともちかけた。さっそく図書室のテーブルでモンゴル代表の若手の議員と私で国際試合をやることになった。私は、昔から腕相撲には多少自身がある。現在も、毎日、腕立てや懸垂をやっているので、そう力が落ちたとは思わない。私の半分位の歳の議員の手を握ってみた。にぎった感じで力の強さが分かるのである。柔らかい白い手である。これなら惨敗はないと思った。誰かが、二人の握り合ったこぶしに両手を添えてそっと放した。こん身の力を振り絞る。しばらく続けたが勝負はつかず、どちらからともなく引き分けようと言って手を放した。相手が遠慮して力を抜いたのかは分からないが、私は全力を出した。年配の団長は、「私とはモンゴルでやりましょう」と言っていた。図らずも文字通りの肌の触れ合う国際親善交流が実現した。モンゴルの議員たちは、農政の細かいレクチャーは忘れても群馬県議会で変わった議員と腕相撲したことはいつまでも記憶に残るに違いない。

モンゴル議員団が語ったことで印象に残ったことが一つある。彼らは群馬の牛肉を美味しいと言って誉めていた。そして自分らは肉を食べる習慣なので肉の味が分かるのだと話していた。馬、牛、羊、やぎ、らくだなどを広い草原で放牧しているのだという。私は限りなく広がるモンゴルの草原を想像した。

◇市議選の火蓋が切られた(8日)。朝8時、地元芳賀の祈願祭にでる。祭殿は高い所にあって戸が開け放たれているので、身を切るように寒い。神主が「当選の誉れを与えたまえ」と祝詞(のりと)を唱える。戦いに臨む昔からの儀式である。

前橋の市議選だけがいつも寒い時に行われる。それは40年前の市議会のリコールが原因である。昭和43年参院選がらみの買収事件で市議27人が逮捕となり、リコールが行われて、議会は解散され、2月に選挙が行われたからである。

10ヶ所程の出陣式にでた。40の議席をめぐり54人が立候補した。合弁の事情を反映して候補者が乱立している地域もある。国会議員は、「この選挙は前橋市の民主主義をつくる選挙です」と訴えていた。春一番の吹きすさぶ中、約700の掲示板にポスターを貼る各陣営の真剣な姿が見られた。板示板が風で倒れポスターが飛ばされる様は前橋市の政治状況を象徴するようであった。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 8日 (日)

遙かなる白根(49)序章 100キロメートル強歩序曲

いつしか周平は、国道146号が見える所まで来た。コースは、国道を北上して食堂・ルート146に至り、そこからまた、滝原の林道に入るのだ。周平が国道146に入り、第11ポイントのホテルカリフォルニアに着いたのは、午後4時2分であった。

浅間の高原地帯の森の中を歩き通して国道に出ると状況は一変する。レストランやホテルが並び人々が動いていた。車が次々にスピードをあげて走り過ぎてゆく。浅間の噴火があった江戸時代から、突然現代文明の中に放り込まれたかのように、車の流れと騒音の中を白根の子どもたちは黙々と歩いた。

はち巻きをしている子、先輩らしい子を支えるようにして歩いている二人連れ、片方の足を引きずるように尺取り虫のように歩いている子など様々であった。女の子が立ち止まって走り過ぎてゆく格好いい車を目で追っている。あの車に乗ったら開善学校などあっと言う間に行けるのに、私たちは何のためにこんな馬鹿なことをしているのだろう、女の子はそんなことを考えている風でもあった。周平は、コツコツと杖をついて、車の流れには目もくれず歩いていた。足の痛みが遠のいたり近づいたりしていた。第13ポイントの食堂・ルート146は、目の前にあった。あたりはすっかり暗くなっていた。夜の滝原林道が近づいている。あの真暗な森の中を無事に通れるだろうか。周平は足の痛さも忘れて、夜の林道を想像した。

午後5時35分、周平が食堂・ルート146に到着すると、中は開善の子ども達でいっぱいであった。多くの子どもたちは、温かいうどんをすすったり、カレーを食べたりして、これからの林道越えに備えていた。また、ある子どもは、足の豆をつぶしてヨードチンキをつけ、テーピングをしてもらっている。そして一様に、懐中電燈を点検し、また、リュックの中から小さな鈴を取り出して腰に下げたりしている。滝原の林道と花敷温泉から北の道は、熊よけのために鈴をつけることになっていたのである。懐中電燈の光と、チリンチリンという鈴の音が次々と食堂から出てゆく。周平は足の治療を受け、温かいうどんを流し込んで、合流した総合科の二人の同級生と共に食堂を出た。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 7日 (土)

遙かなる白根(49)序章 100キロメートル強歩序曲

いつしか周平は、国道146号が見える所まで来た。コースは、国道を北上して食堂・ルート146に至り、そこからまた、滝原の林道に入るのだ。周平が国道146に入り、第11ポイントのホテルカリフォルニアに着いたのは、午後4時2分であった。

浅間の高原地帯の森の中を歩き通して国道に出ると状況は一変する。レストランやホテルが並び人々が動いていた。車が次々にスピードをあげて走り過ぎてゆく。浅間の噴火があった江戸時代から、突然現代文明の中に放り込まれたかのように、車の流れと騒音の中を白根の子どもたちは黙々と歩いた。

はち巻きをしている子、先輩らしい子を支えるようにして歩いている二人連れ、片方の足を引きずるように尺取り虫のように歩いている子など様々であった。女の子が立ち止まって走り過ぎてゆく格好いい車を目で追っている。あの車に乗ったら開善学校などあっと言う間に行けるのに、私たちは何のためにこんな馬鹿なことをしているのだろう、女の子はそんなことを考えている風でもあった。周平は、コツコツと杖をついて、車の流れには目もくれず歩いていた。足の痛みが遠のいたり近づいたりしていた。第13ポイントの食堂・ルート146は、目の前にあった。あたりはすっかり暗くなっていた。夜の滝原林道が近づいている。あの真暗な森の中を無事に通れるだろうか。周平は足の痛さも忘れて、夜の林道を想像した。

午後5時35分、周平が食堂・ルート146に到着すると、中は開善の子ども達でいっぱいであった。多くの子どもたちは、温かいうどんをすすったり、カレーを食べたりして、これからの林道越えに備えていた。また、ある子どもは、足の豆をつぶしてヨードチンキをつけ、テーピングをしてもらっている。そして一様に、懐中電燈を点検し、また、リュックの中から小さな鈴を取り出して腰に下げたりしている。滝原の林道と花敷温泉から北の道は、熊よけのために鈴をつけることになっていたのである。懐中電燈の光と、チリンチリンという鈴の音が次々と食堂から出てゆく。周平は足の治療を受け、温かいうどんを流し込んで、合流した総合科の二人の同級生と共に食堂を出た。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 6日 (金)

「薬が効かないインフルエンザ」「アダルトサイトのわな」

◇インフルエンザが猛威をふるい、その流行の範囲は、ほぼ日本全国に及ぶらしい。日本列島はウィルス軍団に征服されたかのようだ。

 本県の状況は、1月14日にインフルエンザ注意報を発令したが、その後、インフルエンザの勢いは増し、1月27日、インフルエンザ警報を発令した。1医療機関あたりの患者数が10人を超える場合に注意報が、そして、30人を超える場合に警報が発令される定めである。

 奇怪なのは、今、流行しているウィルスに治療薬タミフルが効かないと報じられていることだ。そこで、厚生労働省は、もう一つの治療薬リレンザの追加供給が可能かどうかの検討をメーカーに依頼したという。

 また、リレンザの製造メーカーも供給が地域や医療機関によって偏らないように、卸業者に出荷調整するよう要請、厚労省は、各医療機関に大量発注しないように求めた。

 また、厚労省は、都道府県等にインフルエンザ対策の徹底と病原体の発生状況の把握に努めるよう通知した。インフルエンザ流行中に厚労省が通知を出すのは異例だという。

  素人考えだが、私は、厚労省には、やがて現れることが確実視されている新型インフルエンザに備える狙いもあるのではないかと思う。現在の季節性インフルエンザが変異してタミフルが効かなくなり、異常に蔓延していることが、新型インフルエンザの発生に影響するのかどうかは不明だが、この現状に対する対策を徹底することは、新型インフルエンザが現れた場合の予行演習になると考えられるからである。

 かつてはインフルエンザは自然治癒を待つより他なかったが、ウィルスを直接攻撃する薬が発見された。それがタミフルやリレンザである。これらは究極的な新薬だと考えられた。しかし、薬は、くり返し使われるうちに、攻撃されるウィルスが耐性をもつようになるのだろう。それが今年のインフルエンザウィルスに違いない。

◇最近、知人から携帯のアダルトサイト利用料として法外な請求をされたがどうしたらよいかという相談を受けた。私は、支払わないで、まず警察に相談すべきだとすすめた。

 その後、このような詐欺が広く行われていることを知った。報道によれば、「アダルトサイト利用の延滞料などが32万円くらいになる。今日中に払わないと60万円くらいになる」と電話し、現金を銀行口座に振り込ませる事件が発生している。全国の数百人から巨額の金をだましとった疑いがある。暴力団が関与した犯罪と見られている。

振り込め詐欺は拝金主義がはびこる病める日本社会の象徴である。どこかのマンションの一室でビジネスのように罪の意識もなくやっているらしい。振り込め詐欺を指導する「学校」が摘発された事がある。警察・地域社会・マスコミが一体となって撲滅しなければならない

(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遥かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 5日 (木)

「少女の出産と殺人の衝撃」

200925日(木)

「少女の出産と殺人の衝撃」

◇17歳の高校生の少女がトイレで出産し、生まれた赤ちゃんをハサミのようなもので頭や胸を刺して殺したというニュースが報じられた。少女は殺人罪で逮捕された。世の人々は、この事件のどの点に注目したのであろうか。

 少女が泣く赤ちゃんにハサミを突き立てる姿を想像すると鬼気迫る異様さを感じる。そして、それ以上に、人間の生命を奪うことに抵抗感を持たなかったのかということに強い衝撃を受ける。子どもの心に倫理感を育てることの出来ない教育の貧困を痛切に感じざるを得ない。簡単に人を殺す現代の風潮と共通するものがあると思った。

◇裁判員制度を目前にして注目される二つの判決。一つは、福岡高裁の無期懲役の判決である(3日)。暴力団の元組員である被告は対立抗争の暴力団関係者と間違えて入院患者を殺した。07年のあの衝撃の事件が高裁まで進んだ。

 裁判長は、無関係の市民を巻き込んだ犯行を殺人の中でも極めて悪質と非難し、一審の懲役24年は軽すぎるとして、無期懲役を言い渡した。一般市民の巻き添えといえば平成15年に起きた三俣町の事件を忘れることは出来ない。スナックで民間人3人が射殺され実行犯は一、二審で死刑判決を受けている。

 もう一つは、仙台高裁の死刑判決(3日)。裁判所は、「仕事がないのにパチスロにふけって金銭に困り性的な欲求不満を解消しようとした犯行で身勝手極まりない」、「被害者宅で待ち伏せし順次帰宅した二人を殺害、遺族らが極刑を求めるのも当然」として死刑を言い渡した。

 普通の市民が死刑や無期懲役の裁判に関わって感情に動かされることは止むを得ない。大切なことは、毎日のように伝えられる事件と判決に注目し、そこから学習することによって自分の中に事件を測る物差しをつくることだと思う。このような流れが生まれるなら、裁判員制度は。司法の発展に大きな役割を果たすことになるだろう。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のり著「遙かなる白根」を連載しています。

     「群馬のホット情報」

◇「ブランド力最下位の衝撃」日経リサーチによる2008年地域ブランド力調査の結果、47都道府県の中で群馬は47位で最下位だった。これは、「(商品を)買いたい」「その県に行きたい、住みたい」等について総合評価するもの。トップは北海道で、次いで京都、沖縄の順。これは、地域の産業振興の一つの尺度である。群馬の知名度が低いことは、例えば観光の面で人々を群馬に引き寄せる力が弱いということである。

従来、群馬は首都に近いということからPRしなくも大丈夫という意識があったことが原因だという人もいる。大澤知事は、銀座に「群馬総合情報センター」を設け、また、本県出身のタレント井森美幸さんを「群馬大使」に任命して、群馬を売り出そうと縣命である。

私は、知事との予算折衝で次のように発言した。「名山赤城山の知名度が低すぎる。上武国道の完成が近づいたのを機に、農業と観光を結びつけて発展させるためにも赤城山をうりだして欲しい」。知事は賛成しておられた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 4日 (水)

「天明の大噴火を忘れてはならない」

◇久しぶりに浅間が少し動き出した。大魔神が本格的に目を覚ます前兆か、薄目を開けてまだ早いと思い直してまた眠りにつくのか、私たちには、分からない。しかし、一度起きだしたら大変な事になるのだから用心にこしたことはない。その際最も大切なことは過去の大参事を知り、そこから教訓を引き出すことである。

 あの大爆発は、天明三年(一七八三年)の四月から七月にかけて起きた。資料には、「黒煙数十丈天を覆い、いな光飛び散り、昼中、火炎すさまじく、天を焦がし地を焦がし、皆、神棚へ燈明を上げて祈り、寝る者なく、戸障子から紙、地震の如く鳴り」とある。嬬恋村の鎌原は最も被害が大きく、流れ下る熱泥流に押し流され、部落の570人のうち生き延びたのは高い観音堂の丘に逃れた93人だけであった。

 「浅間山噴火大和讃」には次の一節がある。「悲しみさけぶあわれさよ、観音堂にと集りて、七日七夜のその間、呑まず食わずに泣きあかす、隣村有志の情(なさけ)にて、妻なき人の妻となり、主なき人の主となりて」

 隣村の有力者が、妻を亡くした男に妻を、主人をなくした女に主人を、と組み合わせ、家族を作らせたという。極限のドラマは私たちの想像を遙に超えるものであったろう。

 百年間の主な上毛新聞の記事で編集した「群馬の20世紀」を見ると、「浅間山噴火」の大きな見出しの記事が7つ見つかった。浅間山が大噴火・天地震撼の爆声(1911年)、浅間山が大爆発・噴煙もうもうと天に沖す(1931年)、浅間山の降灰・蚕繭増産を脅かす(1942年)、浅間山が大噴火す・24分間も前橋に降灰(1950年)浅間山が大爆発・噴煙が8000m上がる(1958年)、浅間山が度々噴火・登山の中止を警告(1961年)、浅間山が噴火・前橋市内や東毛まで降灰(1973年)。

 これらの記事は、浅間山が、正に熱く息づいていることを示している。大自然の営みは、雄大で人知では測り難い。だから、天明の大爆発のような事態がいつ起こるか分からないと思う。

◇昨年10月県外調査で長崎県庁を訪ね、平成3年7月3日の長崎新聞を入手した。それには、嬬恋村の村長が島原市役所を訪れ、昔援助して頂いたのでと、新鮮なキャベツ10トンを寄贈したことが報じられていた。平成3年島原市は雲仙普賢岳の噴火で甚大な被害を被ったのである。

 嬬恋村が受けた昔の援助とは、天明の噴火の時、細川藩から多大なき救済の金をもらったという事実を指す。長崎県から私が入手した資料によれば、細川藩が幕府に命ぜられて浅間の災害に対する「手伝普請」として支出した総額は96,365両となっている。

 天明の大噴火は、その後の大飢饉を引き起こした。その惨状は、大変なものであった。今、100年に一度の不況といわれ、倒産や失業者が増えている。人々の苦しみは大変なものもであるが、歴史を少し振り返るなら、私たちは、天国にいるようなものだとも思える。勇気を出して頑張ろう。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 3日 (火)

「県有地特別委員会の成果」「浅間の噴火」

◇いわゆる高木疑惑を追求する特別委員会も大詰めに近づいた。2日午後の、この委員会は、各議員がその腹づもりで臨んだ会議であった。

 私は、9月議会に於ける大澤知事の重大発言を、この日の特別委員会で確認することに大きな意義があると考えていた。9月議会の本会議で私は、「特別委員会の経過を踏まえ、行制改革の観点からお尋ねします」と切り出し、高圧線下の元総社の土地を不当な高額で買い入れ14年間を放置して血税を無駄に使ったことにつき責任の所在がはっきりしないなどということが許されるのかと知事の考えを質した。これに対して大澤知事は、「小寺前知事の責任は極めて重い、小寺前知事に最終的な責任がある」と初めて明言した。

 昨日の特別委員会には、茂原副知事が出席した。私は、「昨年の9月議会の知事発言をこの特別委員会で確認したい」として、福知事の発言を求めた。そして茂原副知事は、次のように答えた。「知事のポストは国会と違って大統領型の仕組みなので、小寺前知事に最高の責任がある」と。私は、この発言の意味を解釈し、再度、そのように理解してよろしいのですねと念を押した。

 久保田委員、金田委員は、この事が明らかになったことが特別委の最高の成果、と発言していた。

◇浅間山が不気味に動き出した。2日未明、小規模な噴火を起こした。麓では、ゴゴーという音が聞こえ、気象庁はマグマによる山体のふくらみを観測、東京でも降灰があった。嬬恋村は直ちに対策本部をつくり、県の危機管理室も対応を協議した。天明の大噴火の恐怖は嬬恋村の人々にとって今でも足もとの自然の一部に違いない。

 日本のポンペイといわれる鎌原の観音堂を訪ねたことがある。「天明の生死を分けた十五段」の句が生々しい。熱泥流は人々を追って堂の下十五段まで埋め尽くした。歴史の教訓を活かす事は県政最大の課題である。(読者に感謝)

  「群馬のホット情報」

◇2日県警から私のケイタイに2件の配信があった。いずれも、警察官と名のる者からの不審電話。一つは沼田管内の人からの相談で「県警事課から、あなたの口座が凍結されているので至急手続きをするから今からいう電話番号に電話してください、という電話がかかってきた」というもの。相談は数件寄せられた。もう一つは、桐生警察署管内の人から「警察官を名乗る男から、詐欺犯人を捕らえた。キャッシュカードを確認させてもらいたいので自宅に行くという電話があった」という相談。相談は県警に十数件寄せられている。県警は、いずれに対しても、容易に自分の住所や名前を話さないこと、県警の専用相談電話に相談して下さいと呼びかけている。詐欺集団は、裁判所をかたるなど研究を重ねてきたが、いよいよネタがつきて警察まで利用しようとしている。社会の土台を食い荒らす白アリを撲滅しなければならない。妙薬は犯人を捕らえることだ。警察と力をあわせなければならない。

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 2日 (月)

「裁判員制度と死刑・新聞の世論調査によれば」

◇先日の毎日新聞の世論調査によると、市民が死刑判決に関わることに、63%の人が反対と答えた。5月から始まる裁判員制度に関する調査である。普通の市民が有罪か無罪かだけでなく、死刑か無期懲役か等の判決の形成に関わるこの制度、果たしてうまくいくのか心配だ。

 残虐非道な事実がマスコミで盛んに報じられる。法廷では被害者の強い処罰感情が述べられる。こういう状況で裁判員は冷静に判断できるであろうか。元最高裁判事の団藤さんが死刑制度と裁判員制度の両立は難しいとして、「死刑廃止なくして裁判員制度なし」と発言した事が改めて思い出される。

 それにしても、最近、死刑が問題になる裁判が非常に多い。多くの人々は裁判員制度と結びつけて裁判の行方を注目していると思われる。

 私が「日記」で取りあげたものに次のような裁判があった。先月19日、前橋地裁は、中之条町の質屋経営者に対する強盗殺人につき無期懲役刑を言い渡した。この裁判で遺族は死刑を求めていた。翌20日、名古屋地裁で、闇サイトで知り合った男たちが起こした強盗殺人につき検察側は死刑を求刑した。26日、東京地裁では、マンションの隣人を切り刻んだ男に対し、検察側は「鬼畜の所業」として死刑を求刑した。

◇先月29日、今度は、4人の死刑執行が報じられ死刑ばやりという感を抱いた。それらは、90年に北九州市で4人を殺傷した牧野死刑囚、00年に名古屋市で女性2人をドラム缶で焼き殺した川村、佐藤の両死刑囚、04年に長野で4人を殺した西本死刑囚である。

 世の中がおかしくなって凶悪事件が跡を絶たない。死刑廃止は先進国のすう勢だが、日本では8割の人が支持している。裁判員制度はもち論、死刑制度を前提としたものだが、この際、死刑というものを深く考えることは必要だ。死刑にかわる終身刑を設けることも。(読者に感謝)

「群馬のホット情報」

 「新たな詐欺の手口、県警から配信」

 先日30日に、私の携帯に県警から配信された内容は、「渋川社会保険事務所」の名札をつけた男女が女性宅を訪ね、半年分の保険料を払えば年金がもらえると言って、現金を欺しとったというもの。この男女は、保健料納付書を見せたという。警察は、本物の職員は必ず身分証明書をもっているから、欺されないようにと注意をうながしている。不審に思ったら、振り込め被害防止専用相談電話(027-224-5454 24時間受付け)に電話するよう呼びかけている。

昨年一年間の県内の振り込め詐欺被害の件数は前年比26.5%増の325件、被害額は四億九千六百十万円に達した。県警は、2月を撲滅月間に指定し、新たな対策を実施しようとしている。

現代社会の複雑な仕組みを悪用して次々と新手の手口を考える。欺されたふりをして悪い奴をつかまえたいものである。

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 1日 (日)

遙かなる白根(48)序章 100キロメートル強歩序曲

「いいですよ」

周平は照れたように手を振った。

「遠慮しなくてもいいんだよ。あたしは、ここで少し休んで回復したし、あたしが杖をついたんじゃおばんみたいで格好が悪いしさ」

周平は、女の子の笑顔を眩しそうに見ながら杖を受け取った。杖を使って歩くのは生まれて初めての経験である。周平は不思議なことに気付いた。杖を使うと誰かに支えられているように身体が軽く感じられ、足が楽なのだ。周平はテレビの水戸黄門の姿を思い出していた。髭の老人が杖を持っていた意味が初めて分かったと思った。後ろから女の子たちの声が近づき周平を追い抜いていった。ピアスの女の子が、振り向いてチラと周平を見た。その目が「ほらね」と言っている。周平は嬉しくなって、足の痛みを忘れて歩いた。

秋の日が傾くのは早い。薄い雲の上の太陽は西に傾き、浅間高原の西方の空を赤く染め始めていた。後ろには誰もいなかった。周平は落ちてゆく夕日の空を見ながら、広い高原に取り残されるような不安を覚えた。

周平は杖に支えられて黙々と歩いた。コツコツという音が意味のあるリズムとなって、周平は音に導かれるように歩いた。周平は、夏休みにこのあたりに来て体験した事、そして父親から聞かされたことを思い出していた。昨年も浅間高原で足がつれて歩けない程痛かった。そのことを話したら父親は、昔、このあたりは浅間の爆発で人々は溶岩に追われて大変だった。苦しくなったらそれを思い出せと言った。行く手には、今は雲に隠れて見えないが、巨大な浅間山がある。このあたりを凄い速さで溶岩は流れ、村も人も呑まれた。近くの山に観音堂があって、その上に逃れた人だけが助かった。観音堂に登る石段を掘ったら、もう少しの所で溶岩に追いつかれた二人の女の人の骨が出てきたという。熱かったに違いない。逃げることが出来た人も足は焼けただれたことだろう。今歩いているこの道もまっ赤に焼けて火が走って、その上を人々は裸足で逃げたのだろうか。それを思えばこの足の痛さなどは何でもないことだ。周平はそう思いながら必死で歩いた。西の赤く染まった空が浅間の火山の火で燃えているように見える。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »