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2009年2月15日 (日)

遙かなる白根(53)序章 100キロメートル強歩序曲

 足を引きずるようにして、行きの与喜屋公民館に着いたのは午前10時15分であった。周平は、ここに午前9時21分に到着していた。若い周平の脚力との差は次第に大きくなってゆくようであった。3週間ほど前の100キロ強歩の時は緊拍した賑いを見せていた公民館も、今は人影もなくひっそりとしている。

 私は秋色の一層深まった林道に足を踏み入れた。この落ち葉の上を周平が歩いた。そう思うと落ち葉の柔らかい感触が、足の痛みを優しく包んでくれるように感じられる。林道はやけに長い。その長い距離を行き交う人もなく、森は静かであった。鮮やかに色付いた森の景色は目に入るが、それに心を動かされる余裕がない程私は疲れていた。やっと林道を抜けて、食堂ルート・146に立ち寄り、田通、常林寺を経て浅間の高原地帯に出た時は、どこかで見つけた木の枝を杖にして、私はふらふらと老人のような姿で歩いていた。道端に腰を下ろし両手で足を揉んだ。周平の足の痛さを共感した思いだった。

 午後3時に妻と国道146号沿いのホテルカリフォルニアで落ち合うことになっていたが、私がやっとの思いでそこに着いたのは、日もとっぷり暮れた午後5時20分であった。心配していた妻は、喜びと哀れみの表情で私を迎えた。

 「まだ続ける気ですか」

妻が聞いた。

「そうだ」

私は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。自分の意思とは別に、私の足は限界に近づいているようであった。それでも、そのうちに痛さを通り越して歩けるようになるのでは、という期待があった。私は数十メートル歩く毎に立ち止まって、両膝を折ってしゃがむ運動を繰り返した。しゃがむ時に非常に痛いが、足の筋を伸ばすことがとても気持ちよい。このようにして国道146号を北上し、私はようやく夜の林道に進むことになった。100キロ強歩のときは、この夜の森を皆で歩いているという気持ちもあったであろう。一人で歩くと夜の森は一層不気味である。しかし、それよりも足の痛さの方が深刻であった。私は道の上に両足を投げ出して尻を下ろした。大地に尻を落ろし、両足を投げ出すことはこんなに良い気持ちなのかと思った。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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