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2009年2月11日 (水)

遙かなる白根(51)序章 100キロメートル強歩序曲

「周平君、足が痛いということだけど大丈夫」

係りの先生が声をかけた。

「はい大丈夫です。痛いのが消えました」

林道の中の恐怖で痛さを忘れて走った周平であったが、林道を抜けた今、痛みはなかった。周平は痛さに勝ったことが嬉しかった。そして今まで、何をやってもうまく行かなかったが、ここで一つ立派な成績を上げることが出来たと感じた。公民館を出ると、はるか彼方の高い所にきらきらと人家の明かりが見える。六合村はあの明かりのもっと先だ。開善学校から歩きとおして約70キロ、まだ30キロの道を歩かなければならなかった。

与喜屋公民館

周平は、与喜屋公民館を出て夜の道をテクテクと歩き出した。遥か前方の周平の目の高さの所に広がる光の帯は、長野原町の家並みである。黒い空間がこの光の帯によって二つに分けられている。上方に目を凝らすと微かに認められるいくつかの星の下に、六合村の人家の明かりがチカチカと見える。長野原町の明かりの背後には、六合村との境をなす険しい山並みが影を潜めているのだ。そして、目の前の一際濃い闇の下には、熊川の谷と吾妻渓谷が静かに時を刻んでいた。前方の谷や山は、子どもたちの心の中の大きな障害物でもあった。山や谷を越えて、あの星の下の六合村まで夜の道を歩くのかと思うと、足や身体の疲れ以上に、心が打撃を受けてしまう。そして、リタイアし、あるいはワープする子どもたちも出てくるのであった。そういう意味でこの与喜屋公民館は白根開善学校の100キロメートル強歩における特別の場所であった。

実は与喜屋公民館は、私にとっても特別の場所であった。それは「私の強歩」の到達点でもあったからだ。ここで、少し話がそれるが、「私の到達点」に触れる。周平たちの強歩が終わってからしばらく後のこと、私は決意して同じコースを一人で歩いてみたのである。これには少しいきさつがあった。私は100キロメートル強歩の苦しさを周平と共に体験したかった。そこでその旨を本吉校長に頼んでみたのである。

 ☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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