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2009年2月 1日 (日)

遙かなる白根(48)序章 100キロメートル強歩序曲

「いいですよ」

周平は照れたように手を振った。

「遠慮しなくてもいいんだよ。あたしは、ここで少し休んで回復したし、あたしが杖をついたんじゃおばんみたいで格好が悪いしさ」

周平は、女の子の笑顔を眩しそうに見ながら杖を受け取った。杖を使って歩くのは生まれて初めての経験である。周平は不思議なことに気付いた。杖を使うと誰かに支えられているように身体が軽く感じられ、足が楽なのだ。周平はテレビの水戸黄門の姿を思い出していた。髭の老人が杖を持っていた意味が初めて分かったと思った。後ろから女の子たちの声が近づき周平を追い抜いていった。ピアスの女の子が、振り向いてチラと周平を見た。その目が「ほらね」と言っている。周平は嬉しくなって、足の痛みを忘れて歩いた。

秋の日が傾くのは早い。薄い雲の上の太陽は西に傾き、浅間高原の西方の空を赤く染め始めていた。後ろには誰もいなかった。周平は落ちてゆく夕日の空を見ながら、広い高原に取り残されるような不安を覚えた。

周平は杖に支えられて黙々と歩いた。コツコツという音が意味のあるリズムとなって、周平は音に導かれるように歩いた。周平は、夏休みにこのあたりに来て体験した事、そして父親から聞かされたことを思い出していた。昨年も浅間高原で足がつれて歩けない程痛かった。そのことを話したら父親は、昔、このあたりは浅間の爆発で人々は溶岩に追われて大変だった。苦しくなったらそれを思い出せと言った。行く手には、今は雲に隠れて見えないが、巨大な浅間山がある。このあたりを凄い速さで溶岩は流れ、村も人も呑まれた。近くの山に観音堂があって、その上に逃れた人だけが助かった。観音堂に登る石段を掘ったら、もう少しの所で溶岩に追いつかれた二人の女の人の骨が出てきたという。熱かったに違いない。逃げることが出来た人も足は焼けただれたことだろう。今歩いているこの道もまっ赤に焼けて火が走って、その上を人々は裸足で逃げたのだろうか。それを思えばこの足の痛さなどは何でもないことだ。周平はそう思いながら必死で歩いた。西の赤く染まった空が浅間の火山の火で燃えているように見える。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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