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2009年1月31日 (土)

遙かなる白根(47)序章 100キロメートル強歩序曲

周平は、顔を上げて、一瞬この柱の文字を見た。夏休みに父親とコースを研究した時、昔、浅間の大噴火があって、このあたりが大変だったと聞かされたのを思い出したのだ。現在の常林寺は、この道の先の小宿川のほとりにあるが、江戸の天明の頃まではここにあって、浅間の大爆発のとき泥流に呑まれて小宿川に流されてしまったのだ。このとき流された常林寺の鐘は、その後130年近くも経た明治の末に、15キロも離れた下流の川原で釣り人に偶然発見されたという。浅間の大爆発から210数年が過ぎた。焦土から芽生えた木々は大木になって谷をおおう森となっている。しかしもっと驚くべき変化は社会そのものである。この森に、病める現代社会を象徴するようなオウムの施設が出来、そしてまた病める現代社会の難しい教育問題をひきずった白根開善学校の子どもたちがこの森を歩いている。

12時30分、周平は第7ポイントの常林寺に到着した。白根開善学校から42,64キロである。周平と前後して、周平が属する総合科2年の参加者達も常林寺に到達した。ここから先程の食堂・ルート146まで約21キロある。そして、その間、再び国道146号に出るまでに、浅間の高原地帯を約15キロ歩かなければならなかった。そしてこの15キロの間に3つのポイント、つまり、第8ポイントのサンランド、第9ポイントの鬼の泉水、第10ポイントの紀州鉄道庭園閣があった。

この浅間の高原地帯の中程で、周平はまた足の痛みを強く感じるようになった。先輩や後輩が周平を追い越してゆく。畑の中の道がしばらく続いた後、道は、森の中の別荘地に入った。所々、木立の中に都会風の建物があるが、人影はない。道の端にはから松の葉がじゅうたんを敷いたように落ちている。周平はその上を歩いた。滝原の林道を歩いたとき発見したことであるが、落ち葉の上はクッションが利いていて、足の痛みを和らげてくれる。森が尽きる所に3人の女の子が松の根本に腰をおろして休んでいた。その中にあの茶髪でピアスをした可愛い子がいた。彼女はおしゃべりを止め立ち上がって言った。

「周平君、これをあげる、かなり違うよ」

 彼女が差し出したのは細い木の枝で、それまで杖として使っていたものであった。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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