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2008年12月26日 (金)

「今年も大詰めを迎へた。8月のブログから」

081130_124900  今年を振り返る中で今日は8月の「日記」である。8月は、かつて、日本の歴史上最も悲惨な出来事があった。

◇8月5日・「前橋市、灰燼に帰す」、63年前の8月5日、県都前橋は一夜で焦土と化した。B29の92機が691トンの焼夷弾を落とし全市の8割が焼かれ死者は535人であった。若宮国民学校は30分で焼け落ち前橋女子高等学校もほとんど焼失。阿鼻叫喚の地獄がこの前橋にあったことが忘れられようとしている。それを再び記憶の中に呼び戻す事が今求められている。私の「日記」にはこのような記述が見られる。

◇8月7日・「そう文の開会式・原爆投下の朝」、全国高等学校総合文化祭(そう文)の開会式がアリーナで行われた(6日)。この日、広島は原爆の日を迎えていた。原爆の投下は昭和20年8月6日午前8時15分であった。私は、肉が溶け人間が蒸発するような地獄の光景を中学生に正しく教えるべきだ、戦争の悲惨さが分からなければ平和の価値も分からない、と日記で書いている。

◇8月8日・「日本の運命を決めた暑い夏の出来事」、昭和20年の7月から8月にかけて日本の運命を決定づける出来事が集中的に起きたとして、私は主な出来事をあげた。

7月16日、アメリカの砂漠で、原爆実現成功。

8月 6日、広島市に原爆投下。

8月 9日、長崎市に原爆投下。

8月14日、ポツダム宣言受諾決定。

8月15日、天皇、終戦の詔書放送

また、この日の日記で私は、ある戦争体験者の「原爆予告をきいた」を紹介している。サイパン島から発するアメリカの放送は・「8月5日に特殊爆弾で広島を攻撃するから非戦闘員は広島から逃げていなさい」と数回繰り返したという。私は、アメリカのせめてもの人道主義の現われと思いたいと書いた。

◇8月11日・「度肝を抜く開会式」、北京五輪は8月8日午後8時8分に開かれた。私は、この開会式につき、次のように書いている。「開会式は、空前の警備の中で行われた。その異常さは、世界から北京に集まった人々が大きな危険にさらされていることを意味している」と。

◇8月12日・「高木疑惑を追求する特別委員会の光景」、ここでは、高圧電線下の元総社の土地などに関していわれていた「トライアングル」の意味が確かめられた。参考人は、前知事・高木元県議・住宅公社を指すと証言した。この日の日記で取り上げているもう一つの大きな問題は、建設残土や産廃が埋められた土地を高木市長の親族が経営する企業の仲介で県が購入した件である。県は契約を解除したが、二束三文の土地は、「親族企業」の関与で準工業地域に用途変更され価格が一変した。

◇8月14日・「北島の快挙」、8月14日は日本中が北島で湧いた。100m200mで「金」、号外も出た。こんなに純粋に日本中が喜びにわく事は他にない、と私も胸をはずませて書いた。

◇8月22日・「女子ソフトの奇蹟」、彼女たちは精神力と団結の力でまさかの「金」を獲得した、と私は興奮気味に書いている。

(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村のりお著「遥かなる白根」を連載しています。

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