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2008年12月28日 (日)

遙かなる白根(39)序章 100キロメートル強歩序曲

小学生の頃、周平と前橋の家から赤城神社まで歩いたあの情景が蘇る。あの時の私達にとっては、10数キロの距離を歩くことが「強歩」であった。そして、あの「強歩」が白根の100キロ強歩につながっていたと思うと不思議でもあった。

100キロ強歩に臨む周平の胸にも、私と歩いたあの小さな「強歩」があった。周平が「強歩」という言葉を頻繁に耳にするようになったのは、白根開善学校に入ってからのことである。それが長い時間と長い距離を頑張って歩くことだと知って、周平は、小学生の頃、父親と夜の道を頑張って歩いたのも「強歩」であったと振り返るのであった。そして、「僕にも強歩の体験がある、大晦日の夜、痛い足を引きずって大人でも歩けない距離を歩ききって皆を驚かせた体験がある」、そう思うと目前に近づいた「強歩」に対して、周平はそれ程の恐怖感を抱かなかった。

 周平が描く100キロ強歩は、小学生の頃体験した強歩の延長上にあるのだった。100キロを歩くということがどういうことを意味するのか、そして、これから挑戦しようとする「100キロ強歩」という未知なるものがどんなに恐ろしい怪物であるかを周平は知らなかった。

 開善学校では、学園最大の行事である100キロ強歩が近づくと、学園全体が緊張感に包まれ、生徒の間でも緊張感が日毎に高まってゆくのであった。

「去年は誰が完歩した」

「あいつはもう一歩の所でへたばってしまった。それは途中で飯を食いすぎたせいだ」

「いや、初めから飛ばし過ぎたからだ」

「今年は俺は必ず完歩する、おやじがわざわざ来るんだから」。

こんな風に、寮内では100キロ強歩のことが専ら話題になって、周平たち一年生もこの緊張した雰囲気の中に、いやがおうでも巻き込まれていった。

「僕も頑張って完歩するよ」

「小学生の頃、あんなに頑張れたんだから、周平はきっとできる。苦しくても歯をくいしばって、頑張れ。完歩すれば周平はうんと立派になれる。完歩したらごほうびに中国に連れていってあげる」

 100キロ強歩の直前に帰省した時、親子の間でこんな会話が交わされた。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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