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2008年12月27日 (土)

遙かなる白根(38)序章 100キロメートル強歩序曲

中止の報が伝わると、先頭を走るように進んでいた子どもはがっかりした様子であった。しかし、中には「やったぁー」とガッツポーズをとる子どももいて様々である。

生徒を回収する車が走るころ、山の夜はようやく明けた。姿を現した尾根の上をちぎれた雲が矢のように飛ぶ。風は強くなって、尾根の向こうから、また周りの谷底から不気味なうなり声のような音が伝わってくるのだった。

台風19号は、この日間もなく日本列島を通過し、群馬県には特別の被害はもたらさなかったが、白根開善学校の強歩を痛撃し中止せしめることになった。この中止は、強歩実施以来初めてのことであった。そして、その後の開善学校の強歩に、多くの教訓を残すことになった。

 例えば、強歩中止の一因となった子ども達の雨対策の不十分な点。肌着までずぶ濡れなのに、替えのソックスや肌着をもっていない子がいた。

「前日までの準備で何度も点検していますが、出発時点で荷物を軽くするために出してしまう者がいるんです。一人一人が自分に責任をもたなければなりません。この雨で病人や怪我人が出ては大変なのです」

 本吉校長はこう語って中止の理由を説明した。

 100キロメートルの道中は長い。途中で何が起こるか分からない。少数の人の失敗は、全体に影響する。輝かしい完歩もその完歩者一人の力では実現出来ないのだ。白根の100キロメートル強歩は、毎回の教訓を積み重ねて揺るぎない伝統を築き上げてきた。

 私の長男周平もこのような伝統に支えられて、強歩に参加することになる。周平初めての挑戦は、平成7年10月の強歩であった。

周平、100キロメートル強歩に参加

平成7年は、周平が前橋市の普通の学校から白根開善学校に入って初めての年で、周平にとって強歩も初めての挑戦であった。周平が歩くことについては、以前から特別の思いを抱いてきた私であったが、開善学校の100キロ強歩に参加することが現実になって、改めて歩くことの意味を考えるのであった。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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