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2008年12月 7日 (日)

遙かなる白根(32)序章 100キロメートル強歩序曲

 白根の山へ体験入学で出かける周平の緊張した姿は、私の目には、これから戦いに出かける少年兵士のように見える。私の選挙戦は勝利だった。周平よ、お前も人生の初陣で勝ってくれ。私はそう祈らずにはいられなかった。

 それにしても、周平はよく決断したと思う。ゆくところがない、という追いつめられた気持ちがあったであろう。そして、本吉氏と心の交流が出来て、山の学校に対する漠然とした信頼と期待の気持ちが少しずつ生れていたであろう。また100キロ強歩の話を聞いて、大晦日の私たちの強歩とのつながりに心をふくらませたのも事実であろう。

 このようないろいろな事情と共に、長い間に蓄積したものが作用し合って、いよいよ機が熟したということであったかも知れない。

 白根開善学校は周平を待っていた。山の学校を囲む山々には、新緑と鳥たちのさえずりがあふれ、長い冬から抜け出した山の命の喜びがみなぎっていた。その中で、白根開善学校の人々も、回りの自然と同じように春を迎えた喜びに浸っていた。

 周平は身を固くして白根開善学校に一歩を踏み入れた。期待もあるが不安の方が大きい。今までの学校では、周平は異質の存在であった。異質のものに注がれる視線に怯えながら、周平は長いこと過ごしてきた。怯えることに慣れると、僕はそういう存在なのだというあきらめに似た気持ちがいつも心の表面を支配し、おどおどした態度がいつしか習性のようになってゆく。しかし、心の底には、そういう心の表面の出来ごとに承服出来ないもう一人の周平があって、表層を突き破って、表に顔を出したいと常に叫んでいた。

 身構えて踏み込んだ開善学校の空気は、周平がこれまで経験したものとは違っていた。周平に向けられる視線は、周平に突き刺さるものではなかった。校舎の外で新緑の木々の間を通り過ぎる風のように、人々の視線は周平の頬をなでて過ぎてゆく。周平の中の一部の感性は、6年間の学校生活の中で、異常に研ぎ澄まされて、軽蔑や差別の目にはとくに敏感になっていたが、この学校の人々の目は周平の心をずきずきと刺激することがなかった。茶髪の子、耳にピアスをした子、頭髪を耳の下まで垂らした男の子、服装も様々な子どもたち、彼らの姿は、この学校が彼ら一人一人の存在を認めていることを物語っている。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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