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2008年11月27日 (木)

「大連の夜は静かにふけて」

◇私はいま大連のホテルの一室で日記を書いている。26日の早朝、バスで前橋を出発し、成田発のANAで中国時間の午後12時半ごろ大連空港に着いた。今回の目的は、群馬県立女子大と大連外国語学院との提携の調印式に立ち会うためである。この事業は、自民党の県会議員の多くが参加して出来た日中議員連盟(日中議連)が中心となって進めてきた。27日の調印式には、県立女子大の代表3名、そして日中議連からは会長の私と幹事長の関根圀男県議が参加し、セレモニーの後、私が記念講演を行う。

 空港で私たちを迎えた中国人の美人ガイドは、大連外国語学院の卒業生であった。大連外国語学院の卒業生が実に多くの分野で活躍していることに驚く。四川大地震に際し、中国大使館に見舞いに行った時、応待した女性参事官の孫氏も、この大学のOBであった。

 大連外国語学院は、日本との外交関係やビジネスにたずさわる人材を育てる事を目的にして、日本語学院としてスタートした歴史をもつ。昨年10月大連政府を訪ねたときも市政府の要人の中に大連外語出身者がいたことが思い出される。

 大連外語の歴史は、日本の中国支配の歴史と結びついているのではないかと思う。日本は中国東北部に満州国を建てて実質的にこの国を支配した。その名残は、すっかり近代化した大連市の現在と調和しながらもしっかりと残っていた。私たちは、この日、かつての満鉄本社、大和ホテル、日本人が住んだ屋敷が並ぶ一角などを見た。

 曲(きょく)教授を囲む夜の夕食会は実りある楽しいものであった。私の友人曲維(きょくい)さんは遼寧師範大学の副学長で中国日本語教学研究会の副会長を務めておられる。39階にある回転するレストランは、大連の夜景の上でゆっくりと回っていた。私たちは外の景観の変化を忘れて談笑の中に溶け込んでいた。

 教授の話は大連の歴史、学生のこと、現在の中国の状況などに及んだ。私たちも日本社会の様々な事を話題にした。曲さんは、大連市政協副主席として教育や文化に関して政府に発言しているという。今の中国は共産党が党外の人の意見を広く政治に反映させようとしており、民主主義が進んでいるのですと教授は語った。

 誰かがピアノを演奏している。フロアはメロディの中を分からない程の速さで動いている。ピアノの音が近くなった時、曲さんは、すっと立って、ピアノを弾く若者に何かを話しかけた。すると曲目が変わって、「北国の春」のメロディが軽快に流れ始めた。続いて、アニメ、「千と千尋」のメロディが続く。私たちは思わず一斉に拍手した。「私の学校の生徒です」教授は嬉しそうに言った。中国は一人っ子なので親が教育にお金をかけるため多くの学生がピアノを弾くという。窓の外に目を向けると車の光が川のように流れている。中国が確実に変わりつつある。夢のような大連の夜が静かに更けていった。(読者に感謝)

★土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています・

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