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2008年11月30日 (日)

遙かなる白根(30)序章 100キロメートル強歩序曲

「毎年、大晦日には、長い距離を歩くんだって、えらいな。そのことを聞いて、君は偉い子だと感心したよ。なかなか他の子には出来ないことだよ」

 本吉氏は、周平の話がとぎれるのを待って、夜の強歩のことを持ち出した。周平は、本吉氏が身を乗り出すようにして話かけるその顔を、じっと正面で受け止めた。目と目が合った。このおじさんは一体何者だろうか。その視線は僕の胸の奥まで光となって届いているような気がする。周平は、今まで、他人と接して経験したことのない何かを感じていた。

「去年は、お父さんに勝った。お母さんも驚いていた。ぼく、もっと遠い所まで歩けるよ。でも、お父さんが大変だよね」

 周平は、こう言って今まで他人には滅多に見せたことのない屈託のない笑みを、本吉氏に投げた。

「君、山の学校に来ないか。山の学校には、君のような素晴しい子どもたちが沢山いて、皆で助け合って頑張っているんだ」

 本吉氏は急に厳しい顔になって言った。周平も真剣な表情に戻った。周平は、本吉氏が何の目的で自分に会いに来たのかよく知っていた。そしてこの問題は、現在周平が直面している最大の問題なのだ。

 裏の学校の放送が時々風に乗って伝わってくる。それは、一人で家に閉じこもっている周平の耳に、早く学校へ来なければ駄目ではないか、と、厳しく咎めているように響くのであった。

 お父さん、お母さん、お姉ちゃん、そして、お婆ちゃんまで、今、選挙で頑張っている。僕も頑張らなければいけないのに、僕は何も出来ないで家にいる。そう思うと、周平にとって、この時期の日々は、格子のない牢獄に入れられているのに似ていた。

 少しの間、沈黙が続いた。

「僕、前に山の学校に行ったよ。遠いね。お家へ帰れないね」

 周平は、にこっと笑いながら言った。

「うん。でも君なら頑張れる。友だちや先生がみな家族のようになるんだよ。山や川や空がきれいで村の人も親切なんだ。冬はスキーの合宿もある。そうそう、一年に一度、100キロ強歩というすごい行事があるんだ」

「えっ、100キロ強歩、100キロも歩くの」

 周平は目を輝かせ、大きな声を出した。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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