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2008年11月29日 (土)

遙かなる白根(29)序章 100キロメートル強歩序曲

芳賀小学校の6年間を振り返ることは、私たち夫婦にとって恐ろしいことであった。取り返しのつかない6年間だったのか。この年月は、周平の心にどんな傷跡を残したのであろうか。他の道を選んでいたら周平はどのような少年に成長していたのだろうか。忙しさを半ば口実にして深く考えないようにしても、このことは、私たち夫婦の心の底にこびりついていて、かた時も離れない問題であった。

 周平の進路については、決断もできないまま私たちは、ひとまず周平を芳賀中学校に進学させることにした。中学校側とも話し合って、選挙後に早急に進路を確定することにしていたのである。

 選挙期間中にまた、本吉氏と話をする機会があった。本吉氏は周平に会って見たいと言ってくれた。そしてある日、本吉氏は、一人でぽつんと自宅待機をしている周平を訪ねた。

「お父さんから君のことは聞きました。芳賀小学校では頑張ったんだね。お父さんから話を聞いて、感心したよ。今日は君と二人だけで話をしようと思ってやってきました」

 私の家は前橋市の鳥取町にあり、すぐ裏、直線距離にして300メートル位のところに、周平が一応入学した前橋市立芳賀中学校があった。中村家の八畳間、大きな書棚がいくつかおかれ、部屋を狭くしている。その中央のテーブルをはさんで、二人は畳の上に座り向きあっている。

 周平は、前日から緊張していたが、本吉氏の目をチラと見て、ほっとした様子である。どういうタイプの人間なのか、また、自分に対してどういう感情を抱いているのか、自分なりに敏感に嗅ぎわける習性を周平は身につけていた。吉本氏の全体から発せられる周波が、周平の受容器にうまく届いて、心の扉が開かれたのかも知れない。

周平は、いつになく雄弁に自分の身の上を話し始めた。

「お母さんも小さい時から大変だったんだ。3つのとき、囲炉裏におちて手を焼いちゃったんだ。だからいつも包帯しているよ。僕にだけは見せてくれる。お父さんが気にしないというので結婚して、僕が生まれたんだよ。僕は芳賀小学校に入ったけど、友だちがいなくてつらかった。いじめられたこともあったよ。お母さんが泣くから、僕頑張ったんだ」

 周平は、母親のことが好きで、母親のことを人に話したがる。特に手の怪我のことになると真剣である。自分が他人とちがってハンディを負っているという意識があって、それは母親の手の怪我と自分が生まれたときからどこかでつながっていると思っているのかも知れなかった。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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