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2008年11月22日 (土)

遙かなる白根(26)序章 100キロメートル強歩序曲

少年時代のことが思い出される。懐かしい顔がいくつか浮かんでは消えた。「お父さんが小学校一年のとき、大きな台風が来てこのあたりも大変だった。朝、裸足で雨の中をぴちゃぴちゃ歩きながらそこの大穴川をのぞくと、恐ろしい程の勢いで水が流れていた。その日は、学校も途中で終わりになった。先生に早く帰りなさいといわれて帰るとき、どの川もあふれるように水が増えていた。帰りのときは、大穴川の水は、橋にとどくばかりで、お父さんたちは橋の上にふりかかる水しぶきをくぐって橋を走りぬけた。そして、その晩、橋は流されてしまった。下流では死者も出たよ」「お父さんの話、面白いね。中帰りの話、もっとしてよ」「それは、また次の機会にして、さあ出かけよう」 前橋北部から宮城村方面へ東西に走る、通称赤城南面道路は、最近国道に昇格し正式には国道246号となった。この道に入ってから、赤城神社の参道に通ずる松並木までは、まだ2~3キロはあった。暗い林の中を、道は、大きくうねり、また、ゆるやかな、登りと下りが交互に続く。時々、暗闇の中に、下界の夜景がぱっと浮き上がる。その美しい光景に心を奪われる余裕は、もう私たち親子に、残っていなかった。「お父さん、足がいたい」後ろの、暗い中から声がして小さな足音が近づいて来た。「もう少しだから頑張るんだ。もう二つ位、カーブを曲がれば、赤城神社へ登る道だよ。もう、そろそろ車が並ぶころだ」 そう言いながら腕時計を、星あかりの下ですかしてみると、もう午後11時を少し過ぎている。「少し休もうよ」「じゃあ2分」「お父さんは、この道を通って学校へ行ったの」歩道に足を投げ出すように腰を下ろしながら周平が尋ねる。「いや、この道を通ると、うんと遠くなるので通らない。でもな、この近くに、本をいっぱい持っているお父さんの友だちがいて、時々本を借りるときは、この道を歩いたんだ」縁石に腰をおろしながら、私は、遠い少年時代の情景を思い出していた。 ☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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