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2008年11月 2日 (日)

遙かなる白根(20)序章 100キロメートル強歩序曲

この出来事があってから私の心は何故か軽くなった。そして、大地にしっかりと足が着くような安心感が湧くのを覚えた。私は秘かに自ら期することがあったが周平には何も話さなかった。それからしばらくして、宮城村のお婆ちゃんから妻の所へ電話があった。「周ちゃんが、お父さんに死んでしまえと言われたって。可哀想だからそんなことを言わないようにお前から紀雄さんに言っとくれ」「はい、わかりました」妻は軽く答えて多くを語らなかった。妻は私の変化に気付いていた。 母と子の間には強い絆がある。それは理屈のいらない一心同体的な血のつながりともいうべきものだ。それは、人間である以前の動物的なつながりというべきものであろう。妻と周平との間にもそういう確かな太い絆がある。妻がよく流す涙に、又、いくら叱られても母親に甘えて近づいてゆく周平の姿に、そのことはよく現れている。今周平に必要なものは、そのような動物的な絆を基盤としてその上に築かれる人間的絆である。土台とその上の建造物、両方がかみあってしっかりとした建物ができる。私はこの両方に対する自分の役割を果せずに来たのである。その障害になるものが心の奥にこびりついていた。私の心の暗い片隅にはりついて蠢いていた黒い異物は鋭いメスで抉られて捨てられた。そして、私は目の前のもやが晴れ、そこから周平のすっきりした姿がたち現れるのを見た。周平と共に生きよう。そういう感情が私の心に、乾いた湖に水が流れ込むように、静かに満ちていくのを覚えたのである。 その年も終わりに近づいていた。明ければ周平は6年生になる。「来年は良い年にしたい。初詣は、わが家の大切なことをお願いしなければ」大晦日が近づいた時、私は家族の前でこう言った。そして、考えていた計画を話した。「大晦日、周平と歩くことにした。周平も歩くと言っているよ。そして、初詣だ」「えー、赤城神社まで歩くですって、あんな所まで無理ですよ。あなたは年だし、周平は小さいのよ」「いや、困難に挑戦して、体力と精神力を養うんだ。周平にとって一番良い勉強だよ。歩くことには大切な意味がある。そして、俺と二人で歩くことに大きな意味があると思うんだ。」 ☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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