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2008年10月24日 (金)

「友あり遠方より来たる。久しぶりの懇談」

◇遠方の友O君は富士見村出身で神奈川県に長く住んでいる。夜間高校時代からの付き合いである。中学時代の同窓会に出席した後、私と会うことになった(23日)。実は、この席にもう一人Sさんが参加した。Sさんと私、O君とSさんは、強い絆に結ばれた縁があるが、三人は、共通の縁で結ばれていることも知らずに人生の前半を過ごしてきた。三人は同じ年である。三人はお互いの関係を知って人生の不思議さに驚きそして感動したのである。

 私たちの青春は社会がまだ貧しかった時のことである。昼間働いて夜、夜学に通う若者が非常に多かった。私もその一人であった。環境が悪かった私は、何とか逆境から抜け出そうと、体力と気力の限界に挑戦して、かなり無理な生き方をしていた。今から思えば、恐れを知らぬ一途な少年だった。

 O君はその頃の仲間である。O君は、私に触発されたかたちで大学を目指す気になった。彼の長兄が東京で事業をしていた。私が手紙を書き、O君が合格すれば大学の学費を出してくれることになった。O君は頑張って横浜の大学を卒業し外資系の会社を経て、長兄の会社で働くことになる。

 一方Sさんは、中学を卒業後、上京してある企業に就職する。純粋で火の玉のような少年であったに違いない。社長夫妻に特に目をかけられた。夜間の高校、大学の夜間部に通いながらこの企業で頑張り、持ち前の旺盛な研究心で技術をマスターした彼は、弱冠30歳そこそこで故郷の芳賀で企業を立ち上げた。

 そのようなSさんの人生の前半の物語を知るのは、私が芳賀に移り住み県議選に出馬してSさんに支援してもらうようになった時のことである。私とSさんは人生意気に感ずる仲となり、互いに過去を語り合った。Sさんは言った。今の自分があるのは、私を育ててくれた会社の社長夫妻のお陰である、新築した屋敷には人生の恩人を迎える部屋を作った、と。ある時、Sさんを企業人として育てた社長とは、O君の兄である事をしり、私もSさんも大いに驚いたのである。人生の出会いとは誠に不思議なものなのだ。 

以来、3人は時々あって一杯やることにしている。最高の肴(さかな)は、昔の思い出話である。昨日の夜も、青春時代の話に花が咲いた。Sさんは、意気軒昴で年齢を感じさせない。間もなくやってくる県民マラソンでハーフの21キロを走る。そして、私も10キロを走る。「年を重ねただけで人は老いない、理想を失うときに初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失うときに精神はしぼむ。人は信念と共に若く、恐怖と共に老ける。希望ある限り若く、失望と共に朽ちる」サミュエル・ウルマンのこの言葉をかみしめる楽しい一時であった。(読者に感謝)

★土・日・祝日は、中村のりお著「遙かなる白根」を連載しています。

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