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2008年10月19日 (日)

遙かなる白根(16)序章 100キロメートル強歩序曲

   温泉を出ると、車は、崖ぷちの車一台が通るのがやっとという細い急な坂道を登った。坂の上から道はから松の林の中に伸びる。林道をしばらくゆくと長平と呼ばれる小さな集落に至る。物音一つしない静かな集落である。この集落のはずれには、長平公民館という木造の小さな建物がある。後に周平が100キロ強歩に臨むとき、ここは、ゴールを前にした最後のポイントになるところである。ここを過ぎ、林道は、沢を下って対岸を斜めに登る。しばらくだらだらとした坂道を進むと、小倉という小さな集落のある小高い広場に出た。ここから開善学校は、間近なのだが、初めての私達には遠く感じられ、どこまで行ったら学校が見えるのかという不安とあせりが生れていた。 初めて見る開善学校 小倉の広場から林道を進み急な坂道を登りつめカーブを曲がると、細い道は平らな白樺の林の中に伸びていた。「あっ、学校だ」「とうとう着いたわ」 周平と妻が同時に叫んだ。どこまでも続く広い林の中に、いくつもの建物がたっている。時々鋭い小鳥の声が木々にこだまして響きあう他は、林は眠っているように静かであった。校門とおぼしきあたりに近づくと、地中から立った太い木に“人はみな善くなろうとしている”と書いた横木が、訪れる人に語りかけるように、かけられている。「どういう意味なのかしらね」「ぼくもおりこうになれるということなの」「そうだ、そうだ、周平にもそういう力あるということだよ」こんな会話を交わしながら、私は、ゆっくりと構内に車を走らせた。夏休みで、生徒たちはみな帰省しているのであろう。校舎、図書館、学生寮はみな物音一つせず不気味なほど静かであった。深い谷の奥の高い山の上に忽然と姿を現した建造物は、予期していたとはいえ、初めて訪れた私達の目には、不思議な存在に映った。人気のないことが一層その感を強めている。「あ、誰かいるよ」周平が建物を指して言った。 ☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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