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2008年10月11日 (土)

遙かなる白根(12)序章 100キロメートル強歩序曲

しかし、私の中には、頭の良い子は人間としてもランクが上の子と考える価値の物差しが、動かし難いほどに静かに根を張っていたに違いない。無気力で、いくら教えても分からない子に、私は、授業の後で個別に真剣に教えたが、私の目には、私の心の物差しが、チラチラと現れていたのではなかろうか。溜め息を隠そうとする私をチラと見上げたその子どもの目の色が、周平の表情と重なるように、今でもはっきりと思い出されるのだ。

 妻がいくら教えても、周平に、期待した成果をあげることは出来なかった。私も時々、教えるが同じである。親子は感情的になり、周平は、机に向かう前から、おどおどと脅えた目つきになる。私は、教科書を床にたたきつけたあとひどい自己嫌悪に陥って、周平と共に泣いた。周平と接する機会が私と比べ格段に多い妻は、感情に振り回されて疲れ果てていた。

 勉強はともかく、休み時間、仲間に入れない周平が不憫であった。私の小学校時代を振り返るとき、教室では全然駄目な子が、休み時間や学校帰りには、甦ったように生き生きとしていた姿が思い出される。

 私は、県庁へ行く途中、朝早く、芳賀小の周平のクラスに立ち寄った。まだ、担任の先生も来ていない。私は周平の席に座って、子どもたちに話しかけた。

「周ちゃんも、一生懸命頑張っています。だんだんおとなになって、皆さんの仲間に入れるようになると思っています。皆さん、周ちゃんと友だちになって下さい。お願いします。」

 そんなことがあってからしばらくして、クラスの女の子が何名かで、私の家に遊びに来てくれた。周平は、照れながらも嬉しそうであった。たまたま、その場に居た私は、子どもたちの会話に耳を傾ける。それは、教室での周平の様子をよく物語るものだ。

 誰かが言った。

「誰々ちゃんは、今度、算数の点数がうんと悪かった。周ちゃんより悪いのよ」

 これを聞いても、私の心に怒りの感情は起きない。私の心の過程は、既に、そのような点は遙かに過ぎていた。

 妻の母親としての悩みは大きかった。

「真面目に生きてきたのに、神様は何故、こういう子を授けたのでしょう」

 妻の様子は、天を恨んでいる風であった。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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