« 「名山、赤城を活かせ」「図書室の存在意義」 | トップページ | 遙かなる白根(11)序章 100キロメートル強歩序曲 »

2008年10月 4日 (土)

遙かなる白根(10)序章 100キロメートル強歩序曲

「中村の家内でございます」

集会のとき、妻がこう言って人々に頭を下げると、そのわきに立った周平も、

「中村の家内でございます」

と言って、小さな頭をちょこんと下げる。

「おりこうな子だね」

大人たちはこう言って「家内」の意味の分からない無邪気な子どもの小さな頭を撫でた。周平はうれしそうな笑顔でそれにこたえる。そこには、他の子どもと比べた不自然さはまだ感じられなかった。しかし、同じ年齢の幼児たちの中に交わると、その違いがはっきりする。周平と他の幼児たちの成長の曲線は、年を経るに従って、その開きが大きくなってゆく。

前橋市立芳賀小学校

 平成元年、周平は前橋市立芳賀小学校に入学した。入学に先立つ検査で何を指摘されるか、普通学級への入学は無理といわれるか、私たち夫婦は心配していたが、周平は簡単な質問などに無難に答えて、どうやら小学校入学の関門をパスした。周平は、子ども同士のやりとりと比べ、大人との対応では物怖じしない一面があった。それは、選挙に関していろいろな人たちと接することの多い我が家の環境の中で、自然と身についたものであった。これが大きくプラスに働いたためかどうかはともかく、周平が無事入学を認められたことに、私達は、ほっとして胸をなでおろしたのであった。

 イトおばあちゃんが買ってくれたピカピカのランドセルを背負った周平の表情も輝いていた。それを見て私は、自分の小学校入学時の情景を思い出していた。それは、昭和22年のことだ。勢多郡宮城村の山奥から里の学校へ出てきて、同じ年の仲間が大勢いることが何故かとても嬉しく私はいつも興奮していた。入学式の日から取っ組み合いの喧嘩をしたり、教室では、仲間をかき分け押しのけて先生の所へ走ったりしていた。思えば、あれから今日に至るまで、私は休むことなく競争社会を走り続けてきた。あのおよそ半世紀前の競争のスタートと同じ所に今周平が立っている。周平の背にある真新しいランドセルを眺めながら、私は、周平の輝かしい人生を夢見ていた。

☆ 土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

|

« 「名山、赤城を活かせ」「図書室の存在意義」 | トップページ | 遙かなる白根(11)序章 100キロメートル強歩序曲 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 遙かなる白根(10)序章 100キロメートル強歩序曲:

« 「名山、赤城を活かせ」「図書室の存在意義」 | トップページ | 遙かなる白根(11)序章 100キロメートル強歩序曲 »