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2008年9月23日 (火)

遙かなる白根(7)序章 100キロメートル強歩序曲

 幼かった頃の周平の姿が目に浮かぶ。親子の葛藤があった。まちの幼稚園、小学校での周平の辛そうな姿。純真な笑顔が次第に失われていった日々。今思えばあの過程も百キロメートル強歩であった。それを乗り越えてまた今朝の周平の姿があった。新たな挑戦、それは、白根開善学校という試練の場で寝食を共にする仲間たちと、厳しい大自然の中で行なわれる。周平はそこで何をつかむのか。周平の歩く姿を描きながら私は六合の坂道を下っていった。 第一章 出会い  選挙の中で  私たちが白根開善学校と出会うまでの歩みもまた、「百キロ強歩」と似て苦しいものだった。いや、「百キロ強歩」が目的地とそれに至るコースがきめられていることを考えるなら、目的地を捜してさまよい途方にくれていた私たちが歩んだ道は、それとはまたちがった茨の道であった。 思えば、周平は選挙の中で幼少期を過ぎしてきた。だから、選挙を離れて周平の幼い頃を語ることは出来ない。第1回の県議選は昭和62年4月で、周平は4歳であった。約一年前から我が家は、選挙の準備にあけくれており、妻は、周平の成長の様子を気にしながらも、それに十分の時間をかけることが出来ず、時はかけ足で過ぎていった。周平は、投票日を迎える家の中の張りつめた空気を、良く分からないまでも異様なものと受けとめていた。そして、落選の夜、母親の落とす涙をみて、周平も声をあげて泣いた。母の悲しむ姿が周平にとって悲しかったのだ。 翌、昭和63年7月、また、県議選の機会が訪れた。県議の議席に欠員が生じたための補欠選挙であった。かなりの年月が経過した今でも、私の胸の奥に鉛の玉のように重く沈みこんでいる一つの光景」がある。前年の落選の辛さは、選対幹部にとっても、私たち夫婦と同様であった。だから幹部の人たちは、天の恵みのように訪れた補欠選挙の機会を、どうしても生かさねばならないと思っていた。そして、総決起大会の日がやってきた。選対幹部の提案は、私が密かに恐れていたことであった。ついにきた、という思いで、私は受けとめた。 ☆ 土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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