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2008年9月15日 (月)

遥かなる白根(4)序章 100キロメートル強歩序曲

「ここは別の世界なのだ」私は、都会の喧騒を思い出しながら呟いた。そして、「ここは、周平たちの世界だ」そう叫びたかった。別の世界に通じる入口が、周平たちの白樺の林とつながっている。いや、この白樺の林そのものが別の世界なのだ。そう思うと胸に幸福感が静かに広がるのを覚えた。

私は、白樺林の奥へと足を進めた。右手には図書館とその奥の校舎が、左手には数棟の寮がある。校舎の方角は、明かりがついているものの、物音や人の動きは感じられない。これから、この学校の最大の行事である100キロ強歩が始まろうとしているのに、この静けさはどうしたことであろうか。心を高ぶらせているのは私だけで、山の生徒たちにとっては普通の年中行事ということなのか。不思議な静けさの中を進む私の目の前に木造二階建ての建物が現われた。

周平の住む寮である。周平の部屋とおぼしき二階の一角に明かりがついている。玄関に立った。目の上に「ほうが寮」の文字が見える。「ほうが」とは萌芽のことだ。ドアを開けると、履物入れの木製の棚が置かれ、その前に雑然と数足の靴が脱ぎすてられたようにころがっている。暗い奥から住人たちの生活の臭いが漂ってくる。男子寮の臭いだ。私の頭に、その昔学生時代を過ごした懐かしい東大駒場寮のことがよみがえる。ほほが自然にゆるむのを感じながら、目の前の階段を足音を忍ばせて登り始めた。

廊下のつきあたりの部屋から光がもれている。私は、ドアに手を伸ばした。そして、次の瞬間、はっとしてその手を引いた。ボソボソと話す人の声が耳に入ったからだ。

周平らしい声が混じっている。改めて音を立てぬように、そっとドアを少し開けた。その時、私の目がとらえたものは、思いがけない、私には信じ難い情景であった。二人の少年が天井から下がった電灯の下で、布団の上に向きあって座り、何かを話し合っている姿である。その一人は紛れもなく周平であった。相手は同室の裕介君であろうか。私がじっと見詰めているとも知らず、周平は、相手の話を聞き、次には、自分が何やら真剣に話しかけている。今日の強歩の作戦のことを話しているのだろうか。

目の前で、周平が人と語り合っている。しかも、対等の姿勢で真剣に語り合っている。そのことが、私にはにわかに信じ難いことなのだ。

☆ 土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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