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2008年9月13日 (土)

遙かなる白根(2)序章 100キロメートル強歩序曲

「これが六合村か」私は、まわりの山々に囲まれて静かに眠る村々の方向を透かし見るようにしてつぶやいた。幾度となく見ている光景であるが、今日はなぜか、目の前の六合の姿に一しおの感慨を覚える。

入山、生須、小雨、太子、赤岩、日陰の六つの集落が合わさって出来た村だから六合村なのだ。では、なぜ、これを「くに」と呼ぶのかといえば、古事記の中にある、東西南北天と地の六つを合わせて国をつくるというところから、この読み方をとったという。関東平野のどんづまりの、他と隔絶されたような地形の所、そして歴史がいっぱい詰まったこの地方に、いかにもふさわしい六合村(くにむら)という名称である。この中に周平はいるのだ。そして、彼の住む入山は六合村の最北端にある。

「周平はあのあたりか」私は、そう思いながらはるか前方の闇を見詰めた。足下では、白砂川の瀬音が快く響いている。

「三時半までに着かねば」星明りの中、時計を透かし見て思った、時計は午前二時半を回ったところである。

私は再び車を走らせた。道は白砂川に沿って北上する。今は闇の中に姿を隠しているこの川は死の川と言われてきた。それは西の谷から流れ込む強酸性の水のために魚が住めなかったからである。とくに湯川には草津の湯釜の水が流れ込んでいるので、その酸性度は、自然界では世界一、まさに生き物のすめぬ死の川といわれた。強い酸性の水が流れ込むのは花敷温泉より下流である。かつて、花敷より南を須川と呼んだが、それは、酸っぱい川というのが始まりだという。この川の下流にある信号に今でも須川の名が使われているのはその名残であろう。

今では、この湯川の流域に中和工場が出来て酸性を中和しているので、死の川もよみがえったと言われている。その湯川が白砂川に合流するあたりの荷付場と呼ばれる所まで車は来た。車の窓を開けると、よみがえった川の息吹を伝えるように清らかな流れの音が夜の谷に響いている。

いよいよ六合の奥へと入り込んだ感じだ。このあたりは、もう入山と呼ばれる地域である。

☆ 土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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