« 「最近の恐怖は、地震かテロかインフルか」 | トップページ | 「ぎりぎりの忙しさの中を走る」 »

2008年7月16日 (水)

「ぎりぎりの忙しさの中を走る」

◇公務の間を縫って、私が立てるいくつもの企画に取り組む。私は忙しさの中に充実感を味わう。そして、立ち止まった時に淋しさや不安を覚える。

当面の主な課題は、今月のふるさと塾、8月23日の「不都合な真実」の上映会である。上映会は、各団体の後援の取り付けを得てチケット作りに取り組んでいる。会場は、市総合福祉会館の多目的ホール、午後6時30分開演の予定である。

映画の内容は、アメリカの元副大統領・ゴア氏が登場して地球の危機を訴えるもの。ゴア氏は環境活動が評価されてノーベル平和賞を得、映画はアカデミー賞を受賞した。

◇今月のふるさと塾は、鈴木貫太郎を取り上げる。敗戦記念日が近づくが、鈴木貫太郎を通して、私たち日本人にとっての最大の出来事を改めて見詰めたいと思う。

鈴木貫太郎は、父が群馬県の職員であったことから前橋市に住み、桃井小で学んだ。桃井小には今でも「正直に腹を立てずにたゆまずはげめ」という鈴木の言葉を刻んだ碑が校庭に立つ。昔は全生徒が毎日復唱したという。

鈴木は、前中(現前高)で学び、兵学校に進んだ。軍人として輝かしい功績を挙げたが、歴史上に残るものは、終戦時の内閣総理大臣としての業績である。

海外で敗戦を重ね、帝都は焼土と化したとはいえ、陸軍の本隊は健在で、中枢部は、本土決戦の意気に燃えていた。沖縄であれだけ米軍に抵抗した日本人である。本土の山野にこもって死力を尽くすなら相当の力を発揮できると多くの軍人は本気で考えていた。

御前会議では、終戦に関して議論が百出し尽きなかった。ポツダム宣言受諾の決定は昭和天皇の聖断によった。そして、その聖断を導いたのは、天皇の信任が厚い鈴木貫太郎首相の力量であった。

鈴木貫太郎こそは、日本を救った総理大臣と評価しても過大ではないかと思う。群馬県民は鈴木貫太郎をもっと重視すべきではないかと私は思う。

大澤知事となって、先日、昭和庁舎に、上州の宰相を顕彰する部屋が出来た。もちろんそれは、中曽根、福田父子、小渕の四人である。この部屋の一角に鈴木貫太郎のコーナーを設けるべきだという意見が県議会の中にある。私も賛成である。

05年(平成17年)、私は議長としてアルゼンチンを訪ね永井特命全権大使と会った時、鈴木貫太郎の事が話題になった。それは、日ロ戦争の勝利にはアルゼンチンが二隻の軍艦を日本に売ってくれた好意も影響したといわれることである。最新鋭の軍艦、日進と春日をイタリアから回航した責任者が若き日の鈴木貫太郎であった。母校の偉人の言葉を子どもたちに復唱させる事は意義のあることだが、今実現するのは難しいのだろう。(読者に感謝)

今月のふるさと塾は、夏祭りの為、日を変えて、7月28日(月)午後7時、総合福祉会館です。

★土・日・祝日は、中村のりお著「望郷の叫び」を連載しています。

|

« 「最近の恐怖は、地震かテロかインフルか」 | トップページ | 「ぎりぎりの忙しさの中を走る」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/143329/41849409

この記事へのトラックバック一覧です: 「ぎりぎりの忙しさの中を走る」:

« 「最近の恐怖は、地震かテロかインフルか」 | トップページ | 「ぎりぎりの忙しさの中を走る」 »