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2008年7月14日 (月)

「懐かしい青春の一コマ」

◇友あり遠方より来る、楽しからずや。という言葉がある。今はインターネットの時代だ。「古き友より」という件名のメールが届いた。H君である。

 私の頭の中は、直ちに少年時代にタイムスリップした。私たちは前高の夜間にいた。忘れられない思い出の一つは、H君と私を巻き込んだある事件である。それが昨日の事のように甦る。

 H君は、大規模な中学で生徒会長をした経歴を持つ優秀な男で、昼間は食品会社で働いていた。私も、昼はお菓子の製造と卸しにたずさわっていて、二人は励ましあって勉学と仕事の両立に苦闘していた。

 H君のことを生意気だと受け止めるグループがいた。定時制の一学年は色々な背景を持つ生徒がいて複雑な状況であった。

 音楽鑑賞の時、後ろで騒ぐ生徒に、H君は、「静かにしろ」と注意した。その時不穏な空気が流れた事に、近くの席にいた私は気付いた。

 音楽が終わって教室に向った。ドアを引いて足を踏み入れたとたん、H君は待ち受けたO君に殴られた、眼鏡は二つに折れ床に落ちた。傍に居た私は、何かにつき動かされたかのように変化してO君を殴り倒していた。O君は左目をおさえてうずくまっていた。この事件は、これだけで済まず後の出来事につながった。野村吉之助校長の時であった。私にも激情にもまれて生きた時代があったのだ。

 H君との思いでは尽きない。彼は大学に進み、中央の官庁に就職しかなり上までいって定年で退官し、現在は、関連の団体で活躍しているらしい。

 返信のメールに私の携帯番号を書いておいたので、最速、携帯が鳴って、「あの時のことを思えば、何でも出来るな」と話し合った。時代はもの凄く変化し、更に変化の度を増している。立ち止まって、時の流れを振り返ると人生は短い。普段の私は、人生の短さを意識せずに走っている。H君との会話は久しぶりの心の清涼剤になった。

◇朝6時半、町内の草取りがあった。毎回出るようにしている。新住民の人たちとも話しが出来るようになった。このような機会がなかったなら町の連帯感は育たない。最近小学生の子どもたちの参加が目立つのは嬉しい。

 一人の子どもが、面白いことをやっている。底が荒い目になっているプラスチックのカゴに砂と草のかたまりを入れてゆすっているのだ。大人たちは、草かきで土まで削り取っているので、子どもは、草をふるい分けているのだ。子ども達にとって有意義な体験学習の場になっている。

◇東京の運転業務にたずさわる友人と会食した。彼の話では、都内の渋滞がぐっと減っているという。車に乗る人が減り、バイク、自転車、バス、電車などの利用者が増えているとの事。ガソリンの高騰が少車社会に拍車をかけている。COの削減にも影響を与えているだろう。車社会がダイナミックに変化していることを感じた。(読者に感謝)

★土・日・祝日はは、中村のりお著「望郷の叫び」を連載しています。

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