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2008年7月26日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(128)第5章 日本人が最後に意地を見せたハバロフスク事件の事実

交渉が難航する中、ストライキは3ヶ月続いたが、結局内務省軍2500人がラーゲル内に強行突入し、首謀者46人を逮捕、籠城は解除された。しかし、兵士は突入の際銃を持たず、日本人の負傷者もほとんどなかった。スト解除後の交渉では、帰国問題を除いて日本人側の要望はほぼ満たされ、その後、労働条件やソ連官憲の態度も大幅に改善された。56年末までには全員の帰国が実現し、ソ連側は驚くほどの寛大さで対処したのである」

 これらは、既に述べた石田三郎を代表する日本人の闘争をソ連側の資料から見たもので、両方からの見方が一致していることを示している。

 そしてこの論文は、最後に日本人の「特性」について次のように述べている。

「極寒、酷使、飢えという極限のシベリア収容所でソ連当局の措置に抵抗を試みた人々の存在は今日では冷静に評価でき、日本研究者である私に民族としての日本人の特性を垣間見せてくれた」

 また、日本人の別の側面として述べる、次の部分は痛烈である。これは図らずも「民主運動」を、その本質をつきながら、痛切に批判している。

「日本人捕虜の中に浮薄なマルクスレーニン主義理論を安易に信じ、天皇制打倒を先頭に立って叫ぶ者、食料ほしさに仲間を密告する者、ソ連当局の手先になって特権生活を営む者なども多く、この点も日本研究者である私にとって、日本人の別の側面を垣間見せてくれた」

 戦後半世紀以上が経ち、あの戦争がすっかり遠くなった。そして戦争を知らない人々が大半を占めるようになり、人々は、平和と飽食の中で今を楽しんで生きている。しかし、日本の社会は、さまざまな難問を抱え、国の危機が叫ばれている。この危機の一因は、日本人の心の問題ではなかろうか。

 戦後、瓦礫の中から立ち上がった時、最大の目標は食べること、つまり物質的な豊かさだった。そして、遂にこの豊かさを手に入れてみると、豊かさというものはすばらしいということになり、日本人は、皆、物の豊かさに酔った。しかし、やがて物の豊かさは、それだけでは人を幸せにするものではないことを思い知らされる。

 今日の日本の社会は、物欲万能の底なし沼に足を踏み入れたようだ。物欲はさらに大きな物欲を生み、金のためには他人はおろか、妻や夫も手にかけるという信じられない事件が日常のように起こるようになった。青少年の凶悪事件の多発、少女の援助交際等々、これらも、豊かさに目が眩んで正しい目標を失った今日の社会状況が背景となっている。戦後、社会を再建するための理念をしっかりと確立しなかったことのツケを今突きつけられているのだ。

☆土・日・祝日は、中村のりお著「望郷の叫び」を連載しています。

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