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2008年5月12日 (月)

「胃カメラをのむ、ガンはまだ恐い病気だ」

◇毎年、胃と大腸の内視鏡検査をやっているが、昨年は、選挙続きで出来なかった。10日、いつもの病院で胃カメラをやった。カメラが細くなった事と技術が向上したために昔と比べ随分楽になった。20年近く昔のことになるが、最初の時の挿入が大変苦しかったことが思い出された。

 麻酔用の液体をのどに流して数分経つと、口にプラスチックの輪をかまされ、その間からカメラのくだが入れられる。痛さはほとんどない。最初のころは、ちょっとした痛さが大きな恐怖心を起こした。身体に異物を入れられる事に対する過剰な意識があったに違いない。

 検査は短時間で終わり、のど、食道、胃、「みなきれいです」と言われた。自信はあっても、医師のこの声を聞くとほっとする。次の土曜日には、大腸内視鏡検査を予定している。こちらは、ちょっと大仕事だ。私のまわりには、大腸の内視鏡は恐ろしいという人が多い。それと比べると私は楽の方らしい。大腸が済んだら、前立腺検査が私の頭には日程として入っている。もう長いこと、前立腺肥大が私の持病なのだ。

 評論家の立花隆が大腸ガンと前立腺ガンにかかり、前立腺ガンの方は進んだ状況だという。その取り組みの様子の手記が文芸春秋に載った。今日、ガンの治療は大きく進歩し、早期に発見すれば治る病気になった。だからガンで死ぬ人の多くは発見の努力を怠った人であろう。忙しさと、検査のわずらわしさが大概の理由だと思うが、死とはかりにかけたなら取るに足りぬ事だ。自戒をこめて自分に言い聞かせた。

◇久しぶりに妻と食事に出た(11日)。胃が大丈夫ということもあってか、ステーキが食べたくなった。頭痛持ちで普段あまり食欲がない妻も珍しく肉に賛成した。私は何を食べてもおいしい。しかし、この日は、食べられることの幸せをつくづくと思った。妻の頭痛は長い。私には痛みを分担してやれないので、見ていて苦しく思う。この日は、注文した肉を平らげて、少しもの足りないわと言っていた。改善に向かっているのかと思えた。

◇日曜日(11日)は、前日に続いて雨。ある地区の町内運動会は中止となった。少年野球の開会式は実行するという。総合運動公園の市民球場には多くの少年野球チームが参加していた。時々雨が激しくなる。まわりの新緑は雨に打たれて煙って見える。国旗が上がり国歌が歌われた。硬式野球に励む中学生たちである。私は、「どんな条件でも克服して実行するという強い意志がこの会場に満ちています」と挨拶した。

◇スポーツをやる少年は健全である。この社会のどこに暗い病理が潜むのかと思う。硫化水素の自殺が跡を絶たない。インターネットを開いたら、自殺の方法がこまごま書かれている。どの位の濃度で即死とか、注意の張り紙の文面まである。どんな人がどんな意図で書くのか。インターネットの規制は止むを得ないことだ。(読者に感謝)

★土・日・祝日は、中村のりお著「望郷の叫び」を連載しています。

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