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2008年3月22日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(87)第3章 青柳由造さんのシベリア

こういう人にとって、時の進み方がいつもより何倍も何十倍も長く感じられた。その心の苦しみは、他の日本人にも伝わって、時が経つにつれ、船内は沈黙が支配し、異様な雰囲気が高まっていった。

やがて船が止まった。領海の果てに来たのだ。艀(はしけ)がおろされ、二人のソ連兵が乗り移って、船は再び動き出した。

「ワーッ」とどよめきが上がった。抱き合って喜んでいる人がいる。両手を上げてバンザイと叫ぶ者もいた。船はついに、ソ連の領域を出た。もはや、収容所に連れ出される危険は去った。それは、長い間捕われていたシベリアという罠から抜け戻される瞬間であった。船は穏やかな日本海を滑るように南下していた。

船は貨物船で速度は遅いが、着実に日本に近づいている。船内の食事は、戦時食というもので粗末なものであったが、やはり日本食はうまい。日本も食糧難なのであろうと、青柳さんは想像した。厳しい状況の祖国日本が救いの手をシベリアまで伸ばしてくれたことが、この貨物船や食事から感じられて嬉しいのだ。時々甲板に出て見るが視界に入るものは、全て穏やかな海であった。青い海と青い空、水平線はどちらを見ても天と海が一つの色になって溶け合っている。天と海が貨物船を包み込んで祖国日本へ運んでいる。これまで、この世に神も仏もないと嘆いてきたことが嘘のように思える。

青柳さんはこれまで生きてきた人生で最高の至福の時にあった。物心ついたころから血生臭い騒然とした社会で生きてきた。日本人全体が大戦に呑み込まれ、国家滅亡の渕に立たされて多くの人々が命を落とした。戦争が終わったのに俺たちは、より過酷な戦争ともいうべき強制抑留所で地獄の苦しみを味わった。全ての難関を幸運にも通過できた者が今、この船の中にいる。この日を夢見つつ命を落とした多くの同胞が今更ながら哀れに思え、青柳さんは北へ向って静かに手を合わせた。

☆ 土・日・祝日は、中村のりお著「望郷の叫び」を連載しています。

 

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