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2008年3月20日 (木)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(86)第3章 青柳由造さんのシベリア

その後ろ姿が哀れであった。青柳さんは、見ないようにしていたが、一人の横顔がふと目に入って思わず、あっと叫んだ。その日本人は、ダガラスナで懲罰を受け帰国組から外された男に違いない。あいつも一緒に帰りたいだろうにと、その一段と小さくなった男の背中を見ながら青柳さんは胸をつまらせた。

その船は貨物船で、中を丸太で4階ほどに階層をつくり、各階は板を張って、その上に中国特産のアンペラという草で編んだむしろが敷かれていた。その上に毛布一枚で所狭しと横になるのである。この船の様子から、日本の状況は、教えられていたように非常に悪いに違いないと思われたが、青柳さんにとってそんなことはどうでも良いことで、アンペラのむしろの上は天国のように感じられた。 

船は動き出した。ロシアから離れてゆく。青柳さんは甲板から海岸線の奥に続く光景を見た。丘の彼方に黒い森がどこまでも広がっている。あの森では、自分たちの交代要員として入った日本人が作業していると思うと堪らなかった。森の上に、黒いシベリアの冬の雲が動いている。あの雲の下の酷寒の収容所で俺は生きてきた。凍土の上で唸る風の音に怯え立ちすくんだ日々、狂おしいほどに憧れた祖国。さまざまな思いが青柳さんの胸に去来する。

収容所では、毎日毎日が厳しい試練の連続だった。その中で自分より屈強な男が次々と倒れて死んでいった。青柳さんは、今生きていることが不思議に思えた。その力は、弱い自分のどこにあったのか。改めて自分を育てた父母や古里の山河を思った。シベリアの強制抑留の生活は、自分とは何かを発見させる場でもあった。それにしてもシベリア強制抑留とは、はたして何だったのか、そう思いながら水平線の彼方に遠ざかるシベリアを青柳さんは、じっと見詰めていた。

やがて、ナホトカの光景は水平線の下に消えた。青柳さんは安堵の胸をなでおろした。しかし、船内にはまだ緊迫感が消えなかった。領海を出るまでは、二人のソ連兵が乗り込んでいて目を光らせている。誰かの秘密が見つかって、連れ戻される危険が常にあるのだ。満州時代の経歴を隠している者がかなりおり、そういう人は、目をつけられ、声をかけられはしまいかと生きた心地もなく一秒一秒を必死で耐えていた。

☆ 土・日・祝日は、中村のりお著「望郷の叫び」を連載しています。

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