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2008年2月16日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(76)第3章 青柳由造さんのシベリア

こんな命令を下すこともよくあったという。

「分隊ごとに、二人のハラショー・ラボーターを選び、これに20パーセントの増食とし、また、4人のニエ・ハラショー・ラボーターを選び、これに10パーセントの減食とせよ」と。

 ハラショー・ラボーターとは優秀な労働者、ニエ・ハラショー・ラボーターとは不良労働者という意味である。ハラショーは、良いという意味で、私たちが、ハバロフスクを訪ねた時も、日常会話の中で時々使われているのを耳にした。ニエは否定を意味する。ラボーターは労働者である。

 ノルマが達成できない場合には、懲罰を加えられる場合もあった。それは、例えば意識的に怠けているとみなされる者が目をつけられ、営倉に入れられるのである。営倉は窓もない狭い地下の部屋で暖房はなく、夜は零下20度にもなる。収容された者は、凍死を免れるため、絶えず、身体を動かし足踏みをしていなければならない。ある体験者は、一生、絶対に忘れることのできない恐ろしい出来事だったと証言しているのである。

 飢えた日本人は、ノルマを超過達成して増量の食事を得ることに懸命であった。しかし、そのために体力を消耗させて倒れ、ついに死に至るものが多かった。

 ソ連人の囚人は、増食を求めて余分に体力を使うことは決してなかったという。彼らは懲罰で死ぬことはないが、無理をして体力を消耗させることは死の原因になることをよく知っていたのである。

 日本人の中にも増食に釣られることの危険性を見抜いている者もいた。ノルマ万能の中で80パーセント主義を貫いたというある日本人は次のように証言している。

「屈強な若者は、みな超過ノルマを目指して夢中で働いたが、長くは続かなかった。1、2ヶ月過ぎるとみな身体をこわして病床に伏する状態になった。しかし、私は、ソ連のために身体をこわしてまで働く愚はないと思い、最初から80パーセントしか働かなかった。お陰で私は、長い捕虜生活の間一度も病気になったことはない」

 とにかく、ダガラスナの冬は厳しかった。

☆ 土・日・祝日は、中村のりお著「望郷の叫び」を連載しています。

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