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2008年2月11日 (月)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(75)第3章 青柳由造さんのシベリア

Yuki ソ連では、社会主義の建設は労働者の労働にかかっている。そして、労働の成果は労働者の労働意欲にかかっている。この点は、基本的には私たちの資本主義の社会でも同じことであるが、労働意欲を起こさせる要因が大きく異なるといえる。私たちの社会では、働けばその成果は自分のものになり、より豊かになることができるし、働かなければ収入が減る。事業をやっている者は、努力しなければ倒産ということにもなり大変な憂き目を見ることにもなる。思想の自由、行動の自由が保障された制度の下で、人々は必死で働き、他より少しでも豊かにと競争する。その結果が資本主義社会の繁栄を支えている。だから資本主義の社会では社会全体の生産性を上げるために、労働を義務づける必要はない。

ところが当時のソ連の社会主義では、個人の利益追求という経済活動の自由が否定されるのだから(この点は、基本的には現在でも同じであるが)、人々は自分から進んで働こうとはしない。そこで、人々を働かせるためには、制度として労働の義務を課さねばならない。ここに、ソ連の社会主義を支える制度としてノルマが登場し、また、「働かざる者は食うべからず」ということが叫ばれ、労働意欲を高めるための工夫が国をあげて行われたのである。

ソ連の社会ではあらゆる面でノルマが行われた。それを象徴する次のような笑い話もある。「夫婦の夜の営みにまでノルマがあり、それを果たせない亭主は尻を叩かれ、朝早く起きて朝食の用意をさせられる」と。

このように、ソ連の社会にしみわたったノルマが、当然のことながら強制収容所にも持ち込まれた。捕虜であり、また、人権など全く無視される状況であったから、収容所におけるノルマの適用の仕方はより不合理で、かつ過酷であった。

正直で勤勉な日本人がノルマを達成すると次にはより厳しいノルマが課された。ノルマの達成度は、例えば、110パーセント以上が一級、その下の100パーセント以上は二級、その下の80パーセント以上は三級、それ以下は四級と評価され、それに応じて食事も差別された。

人々にとって飢えは、最も耐え難い苦しみである。だから食事の量とノルマを結びつけることは、収容所側として最も効果的な労働強制の手段であった。そこで、収容所は食べ物を餌にあらゆる手を使って人々をノルマに駆り立てた。

☆ 土・日・祝日は、中村のりお著「望郷の叫び」を連載しています。

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