« シベリア強制抑留『望郷の叫び』(67)第3章 青柳由造さんのシベリア | トップページ | 「終日緊迫した忙しい動き。戦いが近づいた。」 »

2008年1月20日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(68)第3章 青柳由造さんのシベリア

 この上戦争を続けては結局、我が国はまったく焦土となり、万民にこれ以上、苦悩をなめさせることは、私として実に忍び難い。和平の手段についても、先方のやり方に全幅の信頼をおき難いのは当然であるが、日本がまったく無くなるという結果にくらべて、少しでも種子が残りさえすれば、さらにまた復興という明光も考えられる。この際耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、一致協力、将来の回復に立ち直りたいと思う。

 今日まで戦場にあって陣没しあるいは殉職した者、またその遺族を思うとき悲嘆にたえない。また戦傷を負い戦災を被り、家業を失った者の生活を、私は深く心配する。この際私としてなすべきことがあれば何でもいとわない。国民に呼びかけることがよければ、私はいつでもマイクの前に立つ。

 一般国民には今まで何も知らせずにいたのであるから、当然この決定を聞く場合、動揺も甚だしかろう。陸海将兵はさらに動揺が大きいだろう。この気持ちをなだめることは相当困難なことであろうが、どうか私の気持ちをよく理解して、陸海軍大臣は共に努力し、よく治まるようにしてもらいたい。必要ならば自分が親しく説きさとしてもかまわない。この際証書を出す必要もあろうから、政府はさっそく起案してもらいたい。以上は私の考えである」

 天皇の声は淀みなく一語一語がはっきりと地価壕の一室の空気を震わすように響いた。居並ぶ閣僚やその他の重臣たちは極度の緊張で身を強張らせて一語も聞き逃すまいと耳を傾けた。今、日本の運命が決まろうとしている。天皇の一語一語は、日本の運命の姿を刻む鏨(たがね)であった。その澄んだ声は淡々として感情を超越しているように聞こえた。長い苦悶の末に、万民の生命を助けたいという確信と大義に達し得たという心境が、天皇の表情に静かな決意となって現れていた。

 回答の文意に関し「先方は相当好意を持っていると解釈する」と把える天皇の考えは、このような高い境地に立って初めて可能となるものである。そして、事実これは、連合国の基本的態度を正しく見抜いていたのだ。「自分はいかになろうとも、万民の生命を助けたい」という言葉が発せられたとき、寂とした人々の一角からすすり泣きの声がもれた。その声が引き金になったように、別の所からも押し殺したような泣き声が聞こえてきた。今や、出席者の全てが泣いていた。人々の慟哭する声は次室の待従たちの所まで聞こえた。中でも阿南陸相は立ち上がる天皇にとりすがるように激しく泣いていた。

☆ 土・日・祝日は、中村紀雄著「望郷の叫び」を連載しています。

|

« シベリア強制抑留『望郷の叫び』(67)第3章 青柳由造さんのシベリア | トップページ | 「終日緊迫した忙しい動き。戦いが近づいた。」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: シベリア強制抑留『望郷の叫び』(68)第3章 青柳由造さんのシベリア:

« シベリア強制抑留『望郷の叫び』(67)第3章 青柳由造さんのシベリア | トップページ | 「終日緊迫した忙しい動き。戦いが近づいた。」 »