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2007年12月21日 (金)

「死刑停止の国連決議と団藤重光博士の見識」

◇私の専門は西洋史であるが、東大在学中は団藤教授の刑法の講義に出て試験も受けた。また私が生活した向ヶ丘寮は弥生町にあって団藤さんの屋敷は同じ町内なので姿を見かけることもあった。団藤さんの「人格形成責任論」は私の中に定着しているが、あれから長い歳月が過ぎ彼の消息を私は知らなかった。新聞の報道によれば94歳になられ、死刑に関して的確な分析と高い見識を示しておられることに驚いた。団藤さんが紙面に登場するきっかけは国連が死刑執行の停止を求める決議案を採択したことである。死刑制度見直しに向けた日本に対する国際圧力が高まるのは確実だ。先進文明国の中で死刑存置国としてアメリカと日本があげられるが、アメリカも北部の州では廃止しているところが多い。私は団藤さんがアメリカのある州で処刑の部屋を見学した感想を語っていたことを今思い出す。

 団藤さんは、最高裁の法廷あって、傍聴席から「人殺しーっ」という声を投げられ、「こたえました」と語っている。この言葉は、死刑囚に対してではなく死刑を確定させた裁判官に向けられた声であることはいうまでもない。その時、団藤さんは、死刑がそもそもいけないと確信をもつようになったという。

 残酷な犯人に憎しみを抱き殺したいという感情を持つのは当然ではないかという問いに対し、団藤さんは、そうした自然の感情を持つことと、それを国が制度として死刑という形で犯人の生命を奪うのとは全く違うことだと答えた。死刑を廃止した多くの国でも国民は残酷な犯人を殺したいという感情を持つに違いない。国民感情をそのまま法律にするのではなく、国は、それを踏まえつつ正しい方向を目指すべきだということである。又、死刑にかわる刑として仮釈放のない終身刑を創るべきだと持論を述べた。

 更に、団藤さんが、「死刑廃止なくして裁判員制度なし」と明確に発言している点が注目される。一般の国民が選ばれて、死刑の可能性もある重大な刑事事件の裁判に参加する制度があと約1年半以内に始まる。私のまわりの人は多くが選ばれたら嫌だと言っている。死刑廃止論の一つの理由は誤判の恐れであるが市民が参加すれば誤判の確率も高くなるというのだ。国連の死刑執行停止決議、日本の死刑制度、裁判員制度、これらを結びつけて考える意義が大きくなってきた。この時点における団藤さんの発言は世論に影響力を及ぼすだろう。

◇幼稚園協会の幹部を教育長に紹介した(20日)。その時、一人の園長がトイレを使えない幼児の話をした。家でお母さんがお尻を拭いてやるためにママがいないとウンチができないのだという。また、子どもが食べてくれないから野菜を料理できないと話すお母さんのことも話題になった。幼児の生活習慣の重要性を親が自覚してしっかりしつけをしないと自立した子どもは育たない。モンスターペアレントも子どもの育て方が分からない親たちの一部だと思う。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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