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2007年12月23日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(55)第2章 塩原眞資さんのシベリア

 塩原さんは直感しとっさに甲板に駆け上がった。2月6日の未明、舞鶴港はまだ深い闇に包まれていたが、闇の濃淡の中に島影とおぼしきものがうっすらと感じられる。

 そして、心地よい潮の匂いとひたひたと舷側を打つ波の音は、これまでとは全く異質な世界の息吹と感じられた。塩原さんは、狂おしいほどに憧れた故国日本に抱かれていることを肌で感じつつ、夜の帷が上がるのを息を殺して待った。

 やがて夜は白々と明け、湾内の様子が朝もやの中に浮き上がってきた。竹薮を背にした農家の集落が見える。家の間から、ゆっくりと煙が立ち昇っている。前方の岸には漁船がつながれその上に小さな木造の家並みが続く。鶏の鳴き声が聞こえる。

 「日本だ」

 「ついに日本に帰ったんだ」

 人々は重なるように身を乗り出し目の前の光景をじっと食い入るように見つめている。

 上陸の時がきた。高砂丸から連絡船に移り船は桟橋に接岸する。塩原さんは足を上げて板の上に軍靴を下ろした。何年間も願い続け夢にまで見た一歩だった。遂に生還を果たしたのだ。塩原さんは一歩一歩自分の存在を確かめるように歩いた。桟橋の板には踏まれ続けた無数の傷跡があった。多くの人が生あることを確かめながら万感の思いを込めて踏みしめた跡である。人々は黙々と桟橋を歩いた。塩原さんの胸にシベリアの出来事が蘇る。ダモイ(帰国)を叫びながら凍土に果てた戦友の無念の顔が浮かぶ。

<友よ、いっしょに帰れなくて本当に残念だ。俺だけ帰ったことを許してくれ>

 塩原さんは、北の方角を振り返りながら心の中で叫んだ。

 桟橋を渡り終えるとそこは大地だった。踏みしめる足に確かな土の感触が伝わる。目を上げると前方は緑で覆われた小高い山である。山の向こうはどうなっているのだろうか。塩原さんの心は上州に飛んでいた。

 塩原さんは、はやる心をおさえ、震える手で両親に電報を打った。

「ゲンキ、カエル、ゴタイケンゼン、シンスケ」

 舞鶴港に滞在すること10日。この間、健康診断やさまざまな手続き、検査等を済ませ、2月16日、いよいよ客車に乗って東京に向かう。塩原さんは窓の外をじっと凝視していた。次々に展開される光景は戦後日本の復興の姿を示している。田畑は整然と耕され、工場から上がる煙やそこで働く人々には活気が感じられた。日本人は奴隷にされ、シベリアよりもずっと悲惨な地獄だと教えられてきたこととはまったく違うと思った。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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