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2007年12月15日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(52)第2章 塩原眞資さんのシベリア

ロシア娘は数歩のところまで近づいていた。塩原さんは戸惑いと緊張で煙草を巻く手を動かすことも忘れていた。ロシア娘は年の頃は20歳前後か、春の日差しに包まれた姿は、絵から抜け出したように美しく、その微かにほほえんだ表情は、塩原さんの閉ざされた心の奥の暗く凍りついた部分に一筋の光を差し込むようであった。春の光は万物に生命力を与える。緑は萌え、花は美しさを競うように咲く。そして、若い女性も変身したように美しくなる。

春の苑くれないにおう桃の花した照る道に出でたつおとめ

 これは万葉集の大伴家持の歌であるが、このような春の息吹の中に立つ美女が目に浮かぶようだ。
 女性の美しさは、その国の文化の一面を表すもの。目の前の美女は、暗く残酷なロシア社会に隠されていた美しい文化の一端が顔をのぞかせたものか。塩原さんが呆然と立ち尽くしていると、ロシア娘は塩原さんの前で立ち止まり、監視兵を気遣いながら、にっこり笑って小声で言った。
「プローハ?(つらい)」
「カネーシノ(もちろん)」
 塩原さんは電撃に打たれたように答えた。するとロシア娘は、そうっと手を伸ばして、塩原さんの身体を引き寄せて言った。
 「パイジョン、ツダー(そこまであるきましょう)」
 呆気に取られ、何が起きているのか分からぬ塩原さんの肩に手をかけてロシア娘はゆっくりと歩き出した。娘の冷たく柔らかい手の感触は塩原さんの心臓を直接包み込むようで、塩原さんの心臓は早鐘のように激しく打った。およそ20歩くらい歩いて娘は、監視に気づかれないようにと目配せして足速に去って行った。塩原さんは、夢を見ているような気分で遠ざかっていくロシア娘の後ろ姿をじっと見ていた。哀れな日本人に対する同情のあらわれか、それとも単なる気まぐれか、あるいわお茶目な小娘のいたずら心か。いずれにしても不思議な出来事であった。
 この出来事は、萎えてゆく塩原さんの心に電気ショックのような衝撃を与え人間の心を呼び戻す効果があった。
 故国日本も春だ。そう思うと美しい上州の山や川、そこで暮らす懐かしい肉親の顔、花を摘む日本の娘たちの姿が目に浮かぶ。すると、生きるのだ、そして故国に帰るのだという意欲が心の奥底から頭をもたげてくるのを感じるのであった。
 塩原さんはその夜夢を見た。ゆったりと動く白い雲の下に赤城山がそびえ、そのすそ野に屋敷森を背にした我が家が見える。その下を流れる桃の木川で腰の曲がった母親が洗濯をしている。
 「おっ母さん」
声をかけると、母親は顔を上げ、びっくりした顔で洗濯物を放り出して、
「あっ、眞資」
と叫んで走り寄ってくる。そのとき、「ウ、ウー」という唸り声で目を覚ます。隣のベッドの男がうなされている声である。ああ夢かと夢であることがいかにも残念に思えた。毛布をかぶって、今見た夢の光景を何度も再現するのであった。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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