« シベリア強制抑留『望郷の叫び』(48)第2章 塩原眞資さんのシベリア | トップページ | 「中国は真に豊かな国になれるか」 »

2007年12月 2日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(49)第2章 塩原眞資さんのシベリア

「許してください。私が悪かった。心から反省します。これからは、心を入れかえて、マルクス・レーニン主義を勉強し、ソ同盟のためにもっと一生懸命に働きます。どうか許してください」
 生贄にされた子羊のような哀れな男の姿を見て、群集の狂気は一層激しくなった。
「我らが祖国、ソ同盟万歳」
アクチーヴは勝ち誇ったように叫んで拳を天に向って突き上げた。
「オーッ、ソ同盟万歳」
 何百の人々の拳が一斉に突き上げられた。そして、「ああ、インターナショナル、我らがもの」と労働歌が響きわたった。人々は狂気の中に埋没し酔っていた。しかし、多くの人々は、心の片隅に明日は我が身かという不安を抱いていた。

 日本人の狂態は外国人の目には異様に映ったらしい。各地の収容所には日本人以外の者も収容されていた。特にドイツ人は、ナチスのヒットラーの下で、ソ連に侵攻し激しく戦った経緯から多くの者が捕虜となり収容されていたが、彼らドイツ人の間では、日本人が行ったような民主運動は行われなかった。彼らは、日本人の行動を冷やかに、そして批判的に見ていたようだ。そして逆に、日本人の目には、ドイツ人捕虜の姿は立派に見えたという。
 ドイツ人収容者を間近に見たある日本人捕虜は次のように述べている。
「私がシベリアで最も印象深かったのは、ドイツ人捕虜の姿でした。若いソ連兵に対して5、6人のドイツ人がシャベルを土に突き立てて昂然として立っているのです。ソ連兵は銃剣をかざして威嚇し、銃床で殴ったりしていました。ドイツ人は、それに対して、やるならやってみろとばかりに身構えています。そこには捨て身の気迫がみなぎっており、ソ連兵がそれ以上やると大変なことになるという緊迫した様子でした。ソ連兵は、それで手を引いたのです。これはほんの一瞬の出来事ですが、こういう決意が底にある場合、ソ連兵もあまり理不尽なことは要求できないのではと思いました。私は大変なショックを受けたのです。なんでもいいなりで、仲間を売ってまで、ソ連に媚びる日本人捕虜が本当に奴隷のように思えたのです」
 ただひたすら帰国したい、そのためには何でもしなければならない。日本人抑留者の心は痛いほど分かる気がする。しかし、そこには、日本人の文化や国民性の特色があり、また、旧軍隊の影が色濃く残っていたように思われる。
塩原さんは、ドイツ人捕虜のこと、日本人の団結について、次のように語ってくれた。
<労働で外へ出たとき、ドイツ人捕虜の隊列とすれ違うことがありました。彼らは、和気あいあい、堂々として立派に見えました。日本人の場合、軍隊の激しい階級制度の延長戦にあったのか、日本人同士の団結が欠如していました。そのため、どうしても自己主義になり統率に欠けていたようです>
 旧軍隊の階級制度の厳しさ、その中でも特に上官によるしごきは大変なものであった。何かというと殴った。そうすることによって精神を鍛え、強い兵士になれると信じられていた。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載します。

|

« シベリア強制抑留『望郷の叫び』(48)第2章 塩原眞資さんのシベリア | トップページ | 「中国は真に豊かな国になれるか」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: シベリア強制抑留『望郷の叫び』(49)第2章 塩原眞資さんのシベリア:

« シベリア強制抑留『望郷の叫び』(48)第2章 塩原眞資さんのシベリア | トップページ | 「中国は真に豊かな国になれるか」 »