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2007年12月 1日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(48)第2章 塩原眞資さんのシベリア

零下30度の凍土の上で、そこだけが熱気にあふれ、人々から生み出される狂気の渦が高まっていた。

その時、一人のアクチーヴが壇上に立って何やら叫んだ。広場は急に静かになった。人々の目は壇上のもう一人の人物に釘付けになった。壇の片隅に一人の男が直立不動の姿勢で立っている。怯えた目付きは、これから何が起きるかを的確に予測しているようだ。数百の大衆の視線が頭のてっぺんからつま先に至るまで、突き刺すように注がれている。男は、真っ白になった頭の中で、いつもの吊るし上げの場面を想像していた。そこでは、壇上の被害者を激しく攻撃する側に自分は立っていた。ところが今は、自分がその攻撃される側に立たされている。目の前の人々の顔に目をやると、日頃、親しくしている人が何人もいる。助けてほしいと視線を送るがそれが不可能なことは初めから分かっていた。彼らは視線を逸らしたり、気付かぬふりをしている。昨日まで、自分も大衆の中に立って、壇上の友に、罵声を浴びせ追及の矢を放っていたのである。

アクチーヴは、男を促して中央に立たせ、声高に言った。

「皆さん、本日はこの男を暴いて、我々の中から反動を一掃し、一丸となって、我が祖国ソ連同盟の発展のために全力を尽くしてまいりたいと思います」

アクチーヴの発言が終わらないうちに、場内のあちこちから叫び声が上がった。

「異議なし」

「同感、反動を許すな」

 同時に、大きな拍手が起きた。

「この男は、元満州国の警察官だったのです。そして、日本帝国主義の手先として、罪もない人民を弾圧し、不当な逮捕を繰り返してきました。この男は、人民の敵である。ファシズムである」

「そうだ、民主主義の敵だ」

「帰国を許すな」

 拳を突き出して、人々は必死に叫ぶ。自分こそ、この吊るし上げに積極的に協力していることをアピールするように。

「我々が調査したこの男の罪状のいくつかをここで紹介します」

アクチーヴは、ポケットから取り出した紙片を読み上げ始めた。一つ何々と読み上げるたびに、罵声と怒声が飛び交い会場はどっと沸いた。そして、アクチーヴの弁説は一段と熱を帯びてきた。男は目を閉じ、首を垂れて動かなかった。

アクチーヴの言葉は、追及調に変わった。

「それにもかかわらずだ。この男は、過去の経歴を隠し、民主運動も怠っている。これは、過去を反省していない証拠ではないか。このようなことを、我々は許すことができるのか」

「絶対にできないぞ」

「土下座して反省しろ」

「やっちまえ」

まさに人民裁判であった。壇上の男は耐えられず、膝を追って座り込み、次に手をついて頭を垂れた。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載します。

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