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2007年10月 1日 (月)

「大と小、二つの集い、歳月を振り返る」

◇小さな集いは一紀会という。同志が久しぶりに酒を酌み交わした(29日)。会長は、私の夜間高校の時の同級生、道上君である。高校時代は、昼間は運送会社に勤め夜は学生となった。仕事と学問を両立させて4年間一日も休まなかった。以来、一筋の人生を歩んでいる。私の選挙を最初から支えてくれたが、自ら黒子に徹したいと常に言っているように決して表に出たがらない。私を信じて支えてくれるこういう男を政治家として裏切ってはならない、こういう思いを胸に秘めて私は歩んできた。

 県議選にいきなり出馬したころのことを振り返った。「ど素人だから出来た」と高見沢さんが言った。小さな旋風を起こした出来事は昨日のことのように懐かしく思い出されるが、およそ20年の歳月が流れていた。人生は限られた時間の中のドラマだ。ドラマの結末はどうなるのだと真剣に発言する人もいた。

◇大きな集いは芳賀地区の集会で小坂子町公民館で行われた(30日)。県議選を振り返る集いである。突然二つの葬儀が重なって頭を痛めることになった。二つとも地域にとって重要な人の葬儀なので出席予定者の中に、欠席者が多く出た。

 地域外からの来賓は大沢知事一人であった。前橋の北部で赤城山のすそ野に位置するこんな所まで知事がよく来てくれたと人々は喜んでいた。知事は、知事選で皆さんに大変お世話になったと感謝の言葉を述べ中村さんと力を合わせて群馬県の発展のために尽くしたいと語った。知事は、知事選の直前、私の家のすぐ前の小さな公園に来たことがある。そのときの様子を覚えている人がいて、知事らしい風格が出来てきたねといっていた。社会的立場が人を作るといわれる。その通りであろう。しかし、それ以上に、200万県民のためにしっかり舵取りをしなければという決意が知事の風格を支えているに違いない。

後援会の幹事長は宮内市議である。宮内さんは、経過報告のためにと登壇し、「中村は毎回1番か2番だったが、今度は、小寺知事推薦があっちでもこっちでも出て非常に苦しかったが皆さんのお陰で当選できました」と総括した。私は、貴重な勝利を得たことを感謝し、選挙の結果は、初心にかえれという有権者の戒めと受け止めて頑張りますと挨拶した。

◇10月に入った。残暑がやっと去り、一転肌寒いような気温。6月議会で成立した県営住宅管理条例の一部を改正する条例が、1日から施行される。改正点は暴力団員の排除である。県営住宅には、現在およそ30人の暴力団員がいる。条例制定の意義は、画期的な暴力団対策であることの他に、県会議員発議の条例であることである。議会が本来の役割を果たすためにはこれからも条例を作る必要がある。11月1日は、「教育の日」である。私が関わったが難産だった。生れた子を大切に育てなければならないが、関わった人たちにその決意と情熱があるのだろうか。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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