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2007年10月19日 (金)

「天安門広場の活気」(18日)

◇中国最後の朝、ホテルを出て天安門広場に向う。共産党大会の雰囲気を肌で感じとりたいという目的があった。長安街に至る道路は、異常に渋滞していた。党大会のため長安街が大渋滞しているらしい。やっと長安街を横切って、裏道から回り込むようにして天安門広場についた。100万人が集まれるという広場には厳しい寒気が流れていた。既にこの広場を埋めるように、様々な人々の群れが動いている。赤い帽子をかぶった一団が、一列になって人民大会堂の方に動いている。また、いかにも僻地の少数民族かと思われる様子の人々が先に旗を立ててもくもくと天安門に向かっている。天安門の高い壁には、この動きを静かに見守る毛沢東の肖像があった。1949年、この門の上で、毛沢東は、中華人民共和国の建国を宣言した。それは、異民族に支配され、欧米列強の侵略に悩まされてきた中国民衆を解放し民族の独立を勝ち取って自らの国をつくり上げた瞬間であった。若かった毛沢東や周恩来の姿、熱狂する民衆の姿を想像し、私の胸は熱くなった。

 天安門広場には、いつもとは違った光景が見られた。広場の一角には、万里の長城のミニチュアが配置され、また、中央には、天安門に向き合って呼びかけるように数十メートルの長さの大看板がおかれていた。それには、白地に大きな赤い字で、「第十七回全国共産党大会」という文字が書かれている。天安門に向ってこの看板の左の方角に人民大会堂があり、全国から集った共産党代表の会議が開かれている。

 天安門の広場の上には青い空があった。いつもは、大気汚染で青い空は少ないという。環境問題は現在の中国にとって大きな課題なのだ。改めて天安門広場の人々を観察するとほとんどが地方から出てきた貧しい人々に見える。北京市街を埋め尽くすかに見える近代ビルとの対比を考えると、これは中国の社会で格差が深刻であることを物語る事実と思えた。

 入手した資料によれば、胡錦濤総書記は、環境汚染や格差拡大などの弊害を生んだ経済成長至上主義を改めて持続可能な発展を目指すことに全力を尽すと、この大会で強調した。そして、この持続可能な発展を実現するための戦略的思想が「科学的発展観」と「社会の調和」だという。

胡首席は、大会の政治報告の中で、経済成長で払った環境の代償はあまりにも大きかったと指摘し、農村の貧困と社会保障の遅れの深刻とを認め対策の強化を訴えたとされる。

中国は社会主義の国である。社会主義の根本は人々の平等だ。しかし現実は格差がひどくとても平等とはいえない。政治は社会主義で経済は市場主義、これをどのように調和するのか。その方向が中国の特色ある社会主義だというのだ。

共産党大会に各地方から選ばれて参加した人々は2,217人。その中には、16人の現役スポーツ選手がいる。党がオリンピックに意欲を示していることが分かる。中国政府は、オリンピックの成功に向けて国民の心を結集させ国の諸課題を解決する力を生み出そうとしているように見える。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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